「てめぇ、死ねよ」

「てめぇ、死ねよ」

電車を待っていたら、斜め後ろから女性の声が聞こえてきました。いきなり。まさか自分が言われるはずはないので、何だろうと思い振り返りました。DQNカップルがいるのかなと思い込んで。

 

 そこにいたのは、おそらく30代半ばから40前後ぐらいの普通のお母さん。今時のお母さんは、昭和のオカンと違って、結構若くてオシャレでキレイ。そして、一緒にいたのは、幼稚園年長か小学校低学年とおぼしき坊や。どうみても親子です。

 

 他に人はいなかったので、この母親が息子に発した言葉のようです。

 

 さすがにぞっとしました。親が子に向かって平然と「死ね」と言えてしまうことに。

 

もちろん何もなくいきなり言うわけがありませんから、坊やが言うことを聞かないとか言われたことが出来ないとか、とにかく、母親を怒らせるなにかがあったのでしょう。

しかし、だからといって、「死ね」はないでしょう。

 

 と思いつつ、世代の違いが言語感覚の違いに出ているのかなぁと冷静に思い返してもいるのですが。多分、ネット言論にどっぷり浸かった世代は、ネットスラングも普通に口にしてしまうのでしょう。ネットで軽く使われる「死ね」が普通の罵詈として深く意味も考えずに使われるのでしょう。

 

 でもね。受け止める側が親と同じ感覚でその言葉を受け止めているという保証はありませんよ。

 もちろん母語とは文字通りお母さんから自然に受け継いだ言葉です。幼い頃耳にした言葉は心の深奥に刻まれ、その子の価値観や意識の基本を形作ります。そして、成長過程の中でその世代独特の言語感覚を上乗せしていくことでしょう。そのため、言語感覚に世代差が出るのは当然です。

 幼い頃耳にした残酷な言葉が、成長とともに修正され上書きされて縮小または消滅するなら良いのですが、強調され増幅されるかもしれません。

 親が無意識に発している言葉が、子供には終生トラウマとなっているかもしれません。

 

 この「死ね」という言葉、私が偶々耳にした特殊な言葉とは思えません。

 もし小学校の先生が児童にアンケートを採り、「親に言われて嫌な言葉は?」って聞いたら、「死ね」が相当数出てくるのではないかと思います。

 

 あからさまな虐待やネグレクトをしなくても、日頃の些細な言葉も子供を傷つけているのだと親は自覚すべきでしょう。もちろん完璧な親なんていません。30代なんて、人間的にはまだ半人前の青二才で、自分自身がもっと成長すべき年頃です。しかし、人として親として、最低限、子供に言うべきでない言葉ぐらいの判断は出来るのではないでしょうか。