生と心の教育

 あれはちょうど武蔵野線に乗って、新松戸駅あたりにいたときだ。常磐線が止まっているとの車内アナウンスがあった。常磐線が止まるのは日常茶飯事なので、人身事故か車両トラブルか乗客トラブルか、どうせそんなことだろうと気にもとめなかった。

 ところが後でニュースを見て、女性が車内で出産したと知った。真っ先に、母子の命は大丈夫なのかと思い、なぜか気になって色々と報道を見てみた。下記のニュースが署名入りでドラマ仕立てにして上手く語っている。

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「発車しないで!」隣の女性が破水、ホームに出て叫んだ
円山史
2018年1月20日11時22分
朝日新聞DIGITAL
https://www.asahi.com/articles/ASL1N02T3L1MUTIL079.html
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 マスメディアなので頭から信用できないし、脚色されている危険もあるから全てを真実として鵜呑みにするわけにはいかないが、それでも事実の核心部分にウソはなかろう。
 日頃、他人事にはあまり関心を持たない私でも、なぜか興味をもってしまった。やはり「生」のダイナミズムには魂を揺さぶる何かがあるのだろうか。

 そんな中で、記事中の下記の一節が気になった。
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座席に座らせていた四男は黙ったまま、出産の様子を見つめていた。
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これが事実なら、この子はものすごい「生の教育」を受けたのかもしれない。もちろん、これがトラウマになるという考えもあろう。しかし、長期的にみると、この子の生に対する原風景としてしっかり根付くように思う。この子の心には、母の偉大さ、生命の尊厳、人々の協力、誕生の感動、等々、しっかりと刻みつけられていよう。そして、必ずや自分の命も他人の命も大切にする優しい人に成長していくことだろう。


 そこでふと気になったのが、知り合いの子供(小学生)のことである。

 彼にとって、私は親とは違う、ある意味気安く何でも話せるおじさんなのであろう。先日のことだが、ニヤニヤしながら下ネタを連発するのである。これは学校で性教育があったのだなと思い、本人に聞いたところ、その通りだと言う。

 性教育は大切なことで、無知なまま本能に任せた性衝動に走るのは、罪悪ですらある。だから、性教育自体は否定しない。
 しかし、問題は、子供達に重要なことが正しく伝わっているのだろうかということだ。

 知り合いの子は、知識も豊富で、おそらく同世代では優秀な方であろう。性格も悪くない、普通の子供である。そんな子が、性教育で得た知識を「エロネタ」ととらえているのである。その子だけかと思ったら、友達もみんなエロネタと受け止めたようだ。

 そこで、赤ちゃんがどうやって生まれるか習ったかと聞くと、先生が人形を使って説明してくれたと言う。先生もあれこれ工夫しているなぁと思いながらも、気になったのは、やはりその子は面白おかしくとらえていたことである。

 どうやらその先生は、出会い→デート→恋愛→結婚→性交渉→妊娠→出産 という理想的な「正規」ルートを順番通りに教えたらしい。ご丁寧に、性交渉は結婚の後に置いている。

 不良オヤジの私は「こんな順番通りになるわけないだろ。だいたい、おまえだって、想定外に出来ちゃって、両家大騒ぎになって、お前のかぁちゃん体が弱かったから結構難産で、人形みたいに簡単にポンと出てきたわけじゃないんだぞ・・・」と言ってやりたくなったが、さすがに口をつぐんだ。いずれこれを言う役割を担うにしても、それは親に頼まれてからだ。
 それにしても所詮、子供は子供で、私は絶対に親には言わないと思っているらしいが、当然洗いざらい親には報告しておいた。


 ここで思った。性教育は逆順に教えるのがいいのではないか。もしかしたら、たまたまその先生だけが正規ルートのみを是とする思想の持ち主であったのなら、以下は単なる無駄話である。

 性教育では、まず出産から教える。これは人形ではなく、実際に出産の場面を映像で見せるとよいのではないか。妊婦が産気づいてから赤ちゃんが産声をあげるまでを見せるとともに、死産もあり得ることを教える。また、難産で母胎に影響がある場合にどうするかも教える。生と死が最初から常に表裏一体であることを伝えるのは大切である。

 次に、妊娠中について教える。妊婦が40週のあいだどのように過ごすのかを知ってもらう。つわりについてもしっかり伝える。その中で、中絶という選択がなされる場合があることを教える。

 その次にようやく、性交渉について教える。ここはリアルな映像ではさすがにまずいので、人形や絵に頼ることになろう。ここで、妊娠には望まれた妊娠と望まれない妊娠があること、望まれない妊娠をしないために避妊が重要であること、性交渉を行うということは妊娠という結果に対し責任を負うことであるということ等を理解させる。処女の初体験についても伝える。ここで強制性交がいかに卑劣な犯罪であるかを教えるのもいい。さらに、避妊具がどのようなもので、どの程度まで避妊可能かを教える。女性の生理について、男性の勃起と射精について、きちんと理解させる。何なら男女の骨格の違いにまでさかのぼって教えてもよかろう。

 その上で、男女が交際すること、恋愛、結婚などの意味を考えさせるといい。さらに、オナニーについてアダルトビデオやエロ本についても論じてみるのもよかろう。ただし、鑑賞会にならないように要注意ではあるが。


 今の時代、人の誕生の場は病院がほとんどであろう。産婆さんに取り上げられるということはかなり希なのではないか。これは、いわば「生」の不可視化である。人々が生から遠ざかっているとも言える。
 人の死についても同じである。自殺や事故死でなければ、大抵は病院で最期を迎える時代である。「畳の上で」死ぬ時代ではない。

 仏教には「生老病死」という言葉があるが、今の時代はその全てに「病院」が関わる。医療関連の国家予算が膨大な額になるはずである。
 このように、生も死も、私たちの日常から遠ざけられ、病院のプロに委ねられて不可視化している。
 時に身近に見られる「死」は、鉄道の人身事故であって、死とはネガティブなイメージしか喚起しないものになっているのかもしれない。ますます、身近な死から目を背けることになる。


 ソースは失念したが、飛行機の中で出産したというニュースを以前見たことがある。飛行機だと文字通り雲の上の話なので今ひとつ実感がなかったが、日頃利用する常磐線での出来事だけに、生と死から隔絶された日常の中で新たな生命の誕生を伝えるこの話は、電車が止まったにも関わらずとても心地よいニュースとして受け止めることができた。