「弱者」認定を受けると強者になれる

 まずは、女性専用車両。これって、女性=弱者 って図式ですよね。でもって、こんなふうに、女性をいつまでも弱者扱いしているってのは、女性差別の裏返しだよねって思うわけです。でも、女性の側から差別だと訴える声は聞こえません。まぁ、弱者扱いされていると居心地がいいですから。

 その一方で、女性専用車両があるのにそれを使わず、一般車両に乗っておいて、それも混んでいるときにですよ、それでいて気に入らないと痴漢呼ばわりって、自分勝手でしょう。よっぽど露骨な猥褻行為でなければ、触れてしまった程度なら、当然、混んだ車内では受忍限度の範囲内でしょう。

 最近、男性専用車両なんて案があるようですが、むしろ逆で、女性のみの一般車両への乗車を禁止すべきだと思います。すでに弱者として優遇されているのですから、女性の身勝手を許すべきではありません。

 

 それと関連して、バニラエアの件。やはり最初に朝日新聞を見たため、ひでぇ話だなぁと思ってしまいました。でも、角度なしには伝えない朝日です。案の定、「被害者」の素性も見えてきましたし、単純に良い悪いの話ではないことが解ります。そして、ネットでは「被害者」の問題点を指摘する書き込みもあれば擁護する書き込みもある。これは言論の自由が健全に作用している証拠です。もし朝日みたいな報道だけで、航空会社が一方的に悪者にされたら、真実がゆがみます。でも、世の大勢は「被害者」に同情することでしょう。もしろん障害をお持ちの方が大変なのは解ります。だから、福祉関連の法律があるわけです。

 

 でもって、今、一番の本当の弱者はというと、低所得でちょいハゲでブサメンの孤独なオッサンということになり、自分も当てはまるようなイヤな予感がするのですが、なぜか全く福祉や保護の対象とはならないため、弱者とは見なされません。むしろ淘汰しようとする圧力すら感じます。明らかに弾圧です。人権侵害です。地味に黙々と働くオッサンこそ、日本経済の基盤だというのに。

 

 やはり、最も効果的なのは、「弱者」となり「はれもの」になることです。しかし、どうやる??。「悪者」になったらアウトです。世間の同情はかえません。かといって「病気」「障害」を意図的に演じるのは悪質です。卑怯です。

 

 まず、痴漢えん罪で言えば、あと何百人も、我が同胞諸氏には無実の罪で犠牲になってもらう必要があるでしょう。昨今、痴漢えん罪で逃走し亡くなる方が何人もいます。にもかかわらず、本格的に対策をとろうとする動きは見られません。犠牲者が増加し、社会問題にならないと「弱者」認定はされません。朝日や毎日に同情される必要があります。

 

 ただし、注意すべき点は、あくまでも「弱者」に徹するということです。今一番心配なのは、痴漢えん罪が蔓延して、破滅的な破壊衝動が相手に向いてしまうことです。痴漢事件では、被害を訴える女性の証言のみで「犯人」と認定されます。真犯人はゆうゆうと逃げおせても警察はお構いなしで、「犯人」とされた人が自白を強要され、人生何もかも崩壊してしまいます。その一方で、日本では人一人殺したぐらいではそう簡単に死刑になりません。そこで、どうせ人生終わるならと、衝動的な怒りが濡れ衣を着せた女性に向き、相手の女性をボコボコにしてしまうような自制心のない行動が今後頻発しないかと心配でなりません。でも、暴力を振るったら「弱者」にはなれません。

 

 そう思うと、バニラエアの件、あのみっともないやり方が見事に「はれもの」パフォーマンスとして功を奏しているといわざるを得ません。

 低所得でハゲでブサメンの孤独なオッサンもあれを見習うべきです。そこにチビとデブとビン底眼鏡と体臭が加わってフルコンボで、世の女性から毛嫌いされる同胞も少なからずいることでしょう。でも、オッサンは日々真面目に生きているだけなんです。それなのに、存在するだけで嫌われ、すぐに疑われるのです。何の罪もないのに、あのGと同じに見なされています。

 

 どうせ毛嫌いされているなら、変に世間にこびてむなしい努力をするのではなく、開き直って、みっともないことを承知で、暴力的にはならず「弱者」を演じ「はれもの」となり、身の安全と生存権を獲得しましょう。

 さて、その実践方法は・・・・・。それが問題です。