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試験を統一するのはどうでしょう

 大学入試が「人物本位」なるものに変わるようですが、それってどうなんでしょう。
人物本位って結局はコネとかカネとかイエとか、そんなものになってしまうような気がします。AO入試でアイドルが有名大学に入りやすいのと同じでしょう。政治家がジバン・カンバン・カバンを持った二世三世かテレビで名の知れた芸能人ばかりになって、救いようのないぐらい堕落してしまっている現在、官僚機構によって良くも悪くも国の統治ができているといえるでしょう。その上、大学卒業の信頼性まで揺らいだら、もうこの国は終わりです。

 

 そこで提案です。 大学卒業の資格、高校卒業の資格、中学卒業の資格を全て全国一律にするのはどうでしょうか。

 そして、一定の合格点に達するまでは卒業できないようにします。また、資格試験は何度でもチャレンジでき、一番高いスコアを持ち点とします。それぞれの有効期限を設けるのも悪くありません。すると、次の段階での採用は、そのスコアをもとにすればいいわけです。もちろん早く高得点を取れる人は、繰り上げ進学も可能になります。そして、大学卒業の資格試験は、公務員や教員の採用資格にも適用され、その資格試験合格者の中から公務員が採用される他、各企業もそのスコアを見て採用を決めます。その上で、それぞれが人物本位なる基準を適用すればいいでしょう。独自の採用試験をさらに科しても構いませんが、少なくとも公務員と教員に関してはそれを禁止します。公務員採用試験と教員試験は廃止です。独自基準については、公表を義務づけます。そして、その資格を持っている限り、いつでも公務員になれるし、民間企業と官庁や教職との間を行き来できるようにもします。各大学は それぞれの入学選抜試験を設けても構いませんが、当然どのような基準で選抜するか、採点基準とともに公表しなければならないのは当然です。人物本位なのかかなりマニアックな高度な試験を科すのかなどなど、それぞれの大学の特性が出ると思います。ちなみに、大学卒業資格試験においては、日本語論文以外は全て英語にするというのはいかがでしょう。


 もちろんこれを具体化するのは大変かもしれませんが、現状の制度を前提にただ無償化するだけのような無気力な制度改革では日本は変わらないと思います。今必要なのは、既得権を認めず新たな才能に機会を与えることです。政治家もただの人気投票で馬鹿丸出しの芸能人を選ぶのではなく、まずは卒業資格スコアをどのくらい持っているかを公表した上で、さらに時間をかけたディスカッションを行って政策理念を明確にさせるべきでしょう。街宣車で「お願いしますお願いします」と喚くだけのくだらない選挙はもう必要ありません。このような実力本位であるならば、仮に途中でキャリアが切れても、スコアによって能力がわかりますし、何ならもう一度受け直してキャリアアップすることも出来ます。そうすれば、大学ブランドによる欠陥だらけのシグナリングは不要になります。