保守かリベラルか-実はみんなコンサバなんです

 現在、日本では野党側がリベラルといわれ、左翼とほぼ同義とみられています。でも、本来のリベラリズムなのかというと、結構違うのではないかと思います。

 実は、日本の政治主張はみんなコンサバティブなのだと思うのです。だから、保守かリベラルかという二分法は本質を見誤らせることになると言えるでしょう。

 では、違いは何でしょうか。
 安倍政権的保守は大きな政府を維持しつつ、国際関係では現実に合わせようとしているといえます。理念的には戦前回帰を志向していますから、国民生活については古くさい思考から抜け切れていません。
 民進党的保守は巨大な政府を維持しつつ、国際関係においては消極主義をとります。理念的には戦後成長期を志向していますから、国民生活についてはとにかく保障をするために政府がどんどん出費するべきだという古い考えから抜け切れていません。
 要するに、自民=明治、民進=戦後昭和であって、タイムマシンで戻りたい時代がちょっと違うだけです。そして、どちらも現在の体制を存続させようとすること自体は変わりませんから、セピア色化の度合いが違うだけで、どちらも昔の写真を懐かしんでいるだけに変わりはありません。
 他の泡沫政党は論じる価値も存在価値もありませんから、言及しません。

 今の日本に必要なのは、政治構造と社会構造のコペルニクス的転回です。21世紀の「革命」が必要です。維新なんて生やさしいレベルではありません。ただし、革命という言葉を使うと社会主義革命のイメージが強く、昭和後期にことごとく国民を虐げた極左テロに通じますから、用語として穏当ではありません。あえて別の言葉を使うなら「大転換」とでも言っておきましょう。

 大転換では、平成の今でも社会の根幹を形成している昭和的総動員体制を清算しなければなりません。それは、本当の意味で日本人を「個」に解体することになります。政府は外交、防衛等の最低限のことをおこないます。教育等は地域に分割し、行政は福祉単位で構成するとともに、民力を大いに活用します。規制も最小限で構いません。

 こう述べると、「結局、小さな政府だろ」とか「リバタリアンか、おまえは」と言われるでしょう。旧来の思考からすると、そう分類されても否定はできません。

 大事なことは、現在と未来の日本及び日本人にとって必要なことは何かを根本に据えるということです。
 国防についても、ようやく自衛隊合憲化に向けて動き出すようですが、現状はというと、自民=現状拘泥対米追従主義、民進=観念的妄想平和主義であって、どちらも本当に日本人のことを考えているとは言えません。

 なお、小池ポピュリズムというこれまた20世紀前半レベルのメチャクチャなご都合主義が蔓延し始めているところをみると、日本人の未来は暗いなとしか思えません。
 自民が明治に帰りたいという妄想を抱き、民進が平和ボケの末期症状となり、その一方で、安易な大衆扇動的ポピュリズムが簡単にわき上がる現状、このままでは日本の未来には絶望しか残りません。

 変わらなければならないのに変われない、解っているのに止められない、そして、思考停止。高齢者なら仕方ないかもしれませんが、実際は、若い世代も現状に追従しているだけではないでしょうか。そして、アニメやゲームのファンタジー世界に逃げ込むか、でなければ、現状を良しとして悟りを開くかなのでしょう。妄想と悟りとは何とも皮肉な組み合わせです。