ムーミン問題なんだけど、意外と重要かもね。

 ちょっと気になっていた「ムーミン谷=フィンランド」問題について。

 実は、昔からムーミンキャラの中ではスナフキンが好きで、今でもスナフキンの絵のついた文庫本カバーを愛用している(amazonで買った)。


有難いことに、下記の記事に見事にまとめられているので、参照させて頂いた。
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あままこのブログ
役に立たないことだけを書く。
2018-01-15
ムーミン問題は良問か悪問か論争まとめ
http://amamako.hateblo.jp/entry/2018/01/15/231831
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では、自分なりに少々。

1、問題点はどこにあるのか?

 ムーミン問題を肯定する考え方に共通するの論点は、

A 教科書的知識とその応用で解ける。

B ファクトを無視している。

 ザックリ言うと、この2点。肯定する人たちは、Bを無視してAのみでこの設問を肯定している。

 一方、否定する人たちは、Bの点について問題提起している。

 ここを整理せずに、二つのディメンションを混同して論じ合っても、議論はかみ合わない。これはしばしば見られることで、いつまでたっても「議論」にならない。


2、設問として解答可能か?

 設問の「正解」を導くだけなら、肯定する人々が言うように、絵に描かれている「バイキング」「船」「平地」「木」といった情報および言語の性質から考えればいい。その限りにおいて、この設問は解答可能であり、特に問題はないようだ。地理Bで出題されているのであって、アニメの知識を聞く設問ではないからだ。

 従って、高校教育を受け大学に入学するだけの思考力があるかどうかを問う設問としては、その限りでは「良問」と言えよう。


3、では、何が問題か?

 やはり、ムーミンの舞台であるムーミン谷はフィンランドを舞台にしているという明確な設定がなく、あくまでも架空の世界だということ。
 これはムーミンというストーリーの世界観に係わる問題だ。

 ファンタジーをふくめ、創作物には大なり小なりこの問題が内在している。昨今のアニメや特撮を見ても、必ずしも「日本を舞台にしている」とはっきり言っていなかったりする。描かれている内容から「日本だろう」と我々が思い込んでいるだけだ。

 というのも、テレビ番組では「実在の人物、団体、事件等とは一切関係ありません」みたいにわざわざ断っているのだから、逆に言うと、「あくまでも架空の世界の創作物です」と言っているわけで、どこまでが「現実」でどこまでが「創作」かの境界線は、極めて曖昧なのである。

 余談だが、ガールズ&パンツァー劇場版に出てくる継続高校のキャラクターはムーミンをモチーフにしているので、継続高校→継続戦争→フィンランドであるという考え方がある。ジョークとしては座布団一枚レベルに面白い。しかし、これこそガルパンという創作物の中での設定であって、ガルパンの世界観でそうとらえているだけでしかない。テストなんて正解を当てればいいだけなので、これで正解できた受験生は、それはそれでラッキーだったとは思うけど・・・。

 つまり、創作物の世界を現実の世界に一致させること自体に無理があり、明確な設定として物語中に存在しない限り、或いは、裏設定としても作者自身の明言が無い限り、現実の特定の国なり地域なりを「舞台にしている」とは断言できないのだ。

 ムーミン問題の何が問題かというと、

(1)創作物と現実世界を無理に結びつけたこと。

(2)現実のアニメ作品と大学入試問題という座学を無理に結びつけたこと。

この2点である。座学において例示を安易に用いたため、これが牽強付会の説になってしまったと言える。

 推測するに、作問者は、出題に用いたアニメ作品に対する理解が不十分だったのだろう。ムーミンという作品を十分知った上での出題ではなかったのだ。せめてその方面の「専門家」に取材すべきであるが、そのような労も惜しんだのではないか。
 要するに、作問者は、世俗的なイメージと思い込みだけで「ムーミン」=「フィンランド」と決めつけてしまっていたのではないか、ということだ。

 往々にして、象牙の塔の座学においては、ファクトを無視して自分たちのイメージだけで現実を語りがちである。辛辣な言い方をすると、作問者は自分自身がそういった「頭でっかち」であるとの自覚もなく、「学校で学んだことと現実世界を結びつけられるかどうか受験生に聞いてやろう」と思ったのではないか。そして、見事に撃沈したという次第である。


4、だったら、作問者はどうすればよかったのか?

 簡単に言うと、アニメ作品を持ち出さずにオリジナルの絵とキャラクターで聞けばよかっただけだ。ムーミンの代わりに、カンサッリスプク(フィンランドの民族衣装)を着た人物を描けば良かっただけということ。北欧の民族衣装までおさえている受験生がどれぐらいいるだろう。ムーミンを知らないのと同じぐらい知らないのではないか。興味深い。

 もちろん、作問者がアグレッシブに座学と現実世界とを結びつけようと試みた点は評価できる。今回は肝心なところで脇が甘かったようだ。ただし、このように学際的?な作問を試みるなら、徹底的にファクトを明確にすべきだった。

 ムーミン問題を良問であると評価する人々は、思考力を問う点のみ注目してしまい、学校教育や試験における「事実」の扱い方の問題にまで考えが及ばなかったのだろう。
 教育の根幹には「事実」がなくてはならない。でないと、酷い場合、教師の思想や願望や思い込みを学生・生徒に押しつけ、さらに酷い場合は自分の思想を洗脳することになってしまう。

 ムーミン問題をロジカルシンキングの問題であるとすること自体は正しい理解だろう。しかし、ファクトを無視したロジカルシンキングは「正しい」結論を導き出せるだろうか? 教育の目的は、学生・生徒が自分で考える力を身につけるようにすることである。だからこそ、ファクトをいい加減に扱ってはならない。


 ムーミン問題は、はからずも日本の教育に内在する根本的な問題を顕在化してくれたのかもしれない。
 日本の教育における最大の問題は、無目的な座学に堕して、現実社会との乖離がみられることである。大学は入学までが大事で、あとは何となく4年間過ごして卒業していくだけである。世間もそう考えているから、入試偏差値と大学名のブランドだけで人物を判断する。だから、大学で何を学んだかは関係なく、学生達は就職試験対策を行い、専攻とはあまり関係なく就職先を選ぶことになる。専攻と就職先が一致する学生は幸せである。大学まで出て専門知識を学んだのに、それをその後の人生に活かせないのは、あまりにも勿体ない。それって今の日本が停滞している一因かもって思うのは大げさだろうか。

生と心の教育

 あれはちょうど武蔵野線に乗って、新松戸駅あたりにいたときだ。常磐線が止まっているとの車内アナウンスがあった。常磐線が止まるのは日常茶飯事なので、人身事故か車両トラブルか乗客トラブルか、どうせそんなことだろうと気にもとめなかった。

 ところが後でニュースを見て、女性が車内で出産したと知った。真っ先に、母子の命は大丈夫なのかと思い、なぜか気になって色々と報道を見てみた。下記のニュースが署名入りでドラマ仕立てにして上手く語っている。

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「発車しないで!」隣の女性が破水、ホームに出て叫んだ
円山史
2018年1月20日11時22分
朝日新聞DIGITAL
https://www.asahi.com/articles/ASL1N02T3L1MUTIL079.html
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 マスメディアなので頭から信用できないし、脚色されている危険もあるから全てを真実として鵜呑みにするわけにはいかないが、それでも事実の核心部分にウソはなかろう。
 日頃、他人事にはあまり関心を持たない私でも、なぜか興味をもってしまった。やはり「生」のダイナミズムには魂を揺さぶる何かがあるのだろうか。

 そんな中で、記事中の下記の一節が気になった。
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座席に座らせていた四男は黙ったまま、出産の様子を見つめていた。
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これが事実なら、この子はものすごい「生の教育」を受けたのかもしれない。もちろん、これがトラウマになるという考えもあろう。しかし、長期的にみると、この子の生に対する原風景としてしっかり根付くように思う。この子の心には、母の偉大さ、生命の尊厳、人々の協力、誕生の感動、等々、しっかりと刻みつけられていよう。そして、必ずや自分の命も他人の命も大切にする優しい人に成長していくことだろう。


 そこでふと気になったのが、知り合いの子供(小学生)のことである。

 彼にとって、私は親とは違う、ある意味気安く何でも話せるおじさんなのであろう。先日のことだが、ニヤニヤしながら下ネタを連発するのである。これは学校で性教育があったのだなと思い、本人に聞いたところ、その通りだと言う。

 性教育は大切なことで、無知なまま本能に任せた性衝動に走るのは、罪悪ですらある。だから、性教育自体は否定しない。
 しかし、問題は、子供達に重要なことが正しく伝わっているのだろうかということだ。

 知り合いの子は、知識も豊富で、おそらく同世代では優秀な方であろう。性格も悪くない、普通の子供である。そんな子が、性教育で得た知識を「エロネタ」ととらえているのである。その子だけかと思ったら、友達もみんなエロネタと受け止めたようだ。

 そこで、赤ちゃんがどうやって生まれるか習ったかと聞くと、先生が人形を使って説明してくれたと言う。先生もあれこれ工夫しているなぁと思いながらも、気になったのは、やはりその子は面白おかしくとらえていたことである。

 どうやらその先生は、出会い→デート→恋愛→結婚→性交渉→妊娠→出産 という理想的な「正規」ルートを順番通りに教えたらしい。ご丁寧に、性交渉は結婚の後に置いている。

 不良オヤジの私は「こんな順番通りになるわけないだろ。だいたい、おまえだって、想定外に出来ちゃって、両家大騒ぎになって、お前のかぁちゃん体が弱かったから結構難産で、人形みたいに簡単にポンと出てきたわけじゃないんだぞ・・・」と言ってやりたくなったが、さすがに口をつぐんだ。いずれこれを言う役割を担うにしても、それは親に頼まれてからだ。
 それにしても所詮、子供は子供で、私は絶対に親には言わないと思っているらしいが、当然洗いざらい親には報告しておいた。


 ここで思った。性教育は逆順に教えるのがいいのではないか。もしかしたら、たまたまその先生だけが正規ルートのみを是とする思想の持ち主であったのなら、以下は単なる無駄話である。

 性教育では、まず出産から教える。これは人形ではなく、実際に出産の場面を映像で見せるとよいのではないか。妊婦が産気づいてから赤ちゃんが産声をあげるまでを見せるとともに、死産もあり得ることを教える。また、難産で母胎に影響がある場合にどうするかも教える。生と死が最初から常に表裏一体であることを伝えるのは大切である。

 次に、妊娠中について教える。妊婦が40週のあいだどのように過ごすのかを知ってもらう。つわりについてもしっかり伝える。その中で、中絶という選択がなされる場合があることを教える。

 その次にようやく、性交渉について教える。ここはリアルな映像ではさすがにまずいので、人形や絵に頼ることになろう。ここで、妊娠には望まれた妊娠と望まれない妊娠があること、望まれない妊娠をしないために避妊が重要であること、性交渉を行うということは妊娠という結果に対し責任を負うことであるということ等を理解させる。処女の初体験についても伝える。ここで強制性交がいかに卑劣な犯罪であるかを教えるのもいい。さらに、避妊具がどのようなもので、どの程度まで避妊可能かを教える。女性の生理について、男性の勃起と射精について、きちんと理解させる。何なら男女の骨格の違いにまでさかのぼって教えてもよかろう。

 その上で、男女が交際すること、恋愛、結婚などの意味を考えさせるといい。さらに、オナニーについてアダルトビデオやエロ本についても論じてみるのもよかろう。ただし、鑑賞会にならないように要注意ではあるが。


 今の時代、人の誕生の場は病院がほとんどであろう。産婆さんに取り上げられるということはかなり希なのではないか。これは、いわば「生」の不可視化である。人々が生から遠ざかっているとも言える。
 人の死についても同じである。自殺や事故死でなければ、大抵は病院で最期を迎える時代である。「畳の上で」死ぬ時代ではない。

 仏教には「生老病死」という言葉があるが、今の時代はその全てに「病院」が関わる。医療関連の国家予算が膨大な額になるはずである。
 このように、生も死も、私たちの日常から遠ざけられ、病院のプロに委ねられて不可視化している。
 時に身近に見られる「死」は、鉄道の人身事故であって、死とはネガティブなイメージしか喚起しないものになっているのかもしれない。ますます、身近な死から目を背けることになる。


 ソースは失念したが、飛行機の中で出産したというニュースを以前見たことがある。飛行機だと文字通り雲の上の話なので今ひとつ実感がなかったが、日頃利用する常磐線での出来事だけに、生と死から隔絶された日常の中で新たな生命の誕生を伝えるこの話は、電車が止まったにも関わらずとても心地よいニュースとして受け止めることができた。

「暴行殺人」と「いじめ」と「安全保障」の集団力学  -ちゃんこ料理店での「殺人」事件から思ったこと-

動機は「締めの雑炊、作り方気にくわなかった」容疑者の男が供述…謝罪の被害者に2時間半暴行か
http://www.sankei.com/west/news/171231/wst1712310011-n1.html
産経新聞 2017.12.31 05:05


「盛りつけ悪い」と暴行、経営者死亡…2人逮捕
正座した状態で頭から血を流していた
http://toyokeizai.net/articles/-/203237
東洋経済(読売新聞) 2017年12月29日


上記をふくめいくつかの報道を見た限りでの感想なのだけど、これってすぐに警察を呼べば死なずに済んだのでは?って思った。
 このあたりを考えてみたい。以下、あくまでも仮説(思っただけ)。

 この事件の登場人物だけど、

X:加害者     傷害致死というより殺害の犯人たち
Y:積極的加担者  一緒に来ていた仲間の客。特に、警察を呼ばないように言った者。
Z:傍観者     いわば消極的加担者。何も出来なかった従業員。あるいは他の客。
A:被害者     お亡くなりになった被害者
B:制止者     今回の場合は、警察
(XYZABは微妙な表現の違いによる誤解を避けるための記号)

と考えると、X:クレーマーが殺人鬼になったのは、当人達の凶悪性が根本にあるのは確かだろうけど、B:警察を呼ばないように求めた仲間(Y:積極的加担者)の存在が大きいだろう。従業員等はそのためなにもしない(できない)Z:傍観者になってしまい、B:制止者としての役割を担えなかった。そして、強力なB:制止者である警察がすぐに来ないことがわかり、さらに、A:被害者が全くの無抵抗であることから、X:殺人者は安心して?暴行を継続し、事態がエスカレートしたのではないか。
 もし、A:被害者が抵抗の意志を示していたら、或いは、B:警察がすぐに駆けつけていたら、最悪の事態は避けられたかもしれない。そのためには、まず従業員が何が何でもすぐにB:警察を呼ぶべきであった。それをしなかったので、B:制止者からZ:傍観者へと役割が変わってしまった。要するに味方が無力化・無能化したということだ。もちろん、警察を呼ぶのは他の客でもいいはずだが、こういう場合、関係の度合いが低く、面倒には巻き込まれたくないので、「自分は関係ない」と自己定義し「誰かが呼ぶだろう」と「無関心」を装うことになり、結局役に立たない。


 こう考えて、いわゆる「いじめ」も「侵略」も本質的に同じだなとわかる。
まず「いじめ」の場合。「いじめ」については定義の問題もあるが、ここでは一応置いておく。

X:いじめる側
Y:いじめに味方する者
Z:傍観者(消極的加担者)
A:被害者(標的)
B:制止者

 Xは実行犯だし、Yは共犯と言える。「いじめ」の状況にもよるが、Xは警察につきだすべきだし、Yの一部も罪状が問われるべきであろう。
 問題は。Zが多くて、Bが皆無な場合である。Bの立場を鮮明にすると、今度は自分がA:標的にされる恐れがある。だから、容易にZに変質する。Bには教師も入るはずだが、事件化した「いじめ」の報道を見る限り、全く無能である。現実を見ないで目をつぶってしまい、事実上のZに成り下がっている。教師に「こいつらが卒業するまで我慢すればいい」なんて意識があるのだろう。
 XとYの加害をエスカレートさせないためには、Zを減らしBにすることである。
 Aが身を捨てて抵抗し、事件を大きくしてしまうのも一つだろう。社会問題化すれば、教師はのんびりZを決め込むことができなくなる。しかし、その最悪の事態が、A:被害者の自殺であるから、被害者の失うものは大きすぎる。かといって、被害者側が加害者側を傷つけると、「加害-被害」関係が逆転して、ますます問題がこじれ、真実が隠蔽される危険がある。
 ZでいるよりBになることのほうがメリットになるような方策をぜひ考えたい。


 「いじめ」だけでなく国家間の軍事侵略も同じ構図だとわかる。

X:侵略国
Y:侵略加担国
Z:傍観国
A:被侵略国
B:支援国

 日本の場合、X:侵略国になることはまずあり得ない。今、一番ありうるのはA:侵略被害国になることだ。

 日本が侵略された場合、多くの国はZ:傍観国を決め込むだろう。B:救援国となり得るのは、第一にアメリカ合衆国だが、どんな動きをとるかは未知数である。当のアメリカが中国との直接対決を回避しようとするからだ。上手くするとインドとベトナムが中国の背後を突くことになる。すると次に重要なのがモンゴルであり、おそらくトリックスターを演じようとするのがロシアである。
 個別的自衛権というのは、侵略があった場合、A:被侵略国が抵抗する権利をもっているということで、こんなの当たり前である。正当防衛そのものなので論じるまでもない。
 集団的自衛権とは、B:支援国に積極的な関与を求めることである。現実には日米安保が存在し、単独の自衛権行使は無理であるから、個別的か集団的かなんて議論は無意味である。ましてや憲法第9条が日本を守ったなんて妄想はナンセンスで、敗戦後の日本が戦争に巻き込まれなかったのは、日米安保であり米国側に課せられた片面的義務である。
 もし個別的自衛権しか認めないのなら、核を保有する軍事大国にたいする抑止力が必要となるので、日本も核武装し軍事大国化するしかなくなる。自衛隊の根拠を憲法第13条に求める珍解釈をとるにしても、現実的必要性から目をそむけることはできないので、実は軍事力増強の根拠ともなり得るのである。だから、実は日米安保はコストパフォーマンスのよい安全保障といえるかもしれない。
 もし、憲法第9条を厳格に守って、軍事力を放棄し無抵抗をつらぬくとしたら、自分たちはどんなに蹂躙されても構わないというメッセージを敵に送ることになり、その上、支援国がないということで、X:侵略国は安心して?日本人を陵辱できるということである。無抵抗で警察を呼ばない被害者を暴行しつづけるのと同じである。非武装無抵抗は侵略をエスカレートさせるだけだ。強姦魔は相手が無抵抗だとわかれば大喜びで犯し続けるだろう。

 集団的自衛権で問題になるのは、現行の片面的義務を双務的にする場合であろう。先の安保改定はここを少し増やしただけである。困ったことに、B:支援国として一番頼りになるアメリカがあちこちの戦争に首を突っ込むものだから、日本もうっかりすると、Y:侵略加担国になりかねない。そうならないようにする(アメリカおよび世界に対する)言い訳として憲法第9条は有効活用できるのだが、いつまで通用するかはわからないし、湾岸戦争の時の例でわかるように、どんなに多額でも、金しか出さないというのは軽蔑されこそすれ尊敬はされない。

 Xの最有力候補である中国はますます力をつけるが、Bとして頼みのアメリカが弱体化している現状、日本の振る舞い方は非常に難しい。
 だから、防衛問題について国会で真面目にきちんと議論してほしい。


その他、「ブラック企業」も同じだろうし、不合理な慣習もこの図式で説明可能かもと思えてきた。

選択的夫婦別姓について

 夫婦にかぎらず、表向きの名前は全て自由に選べるというのはどうでしょう。実際、たいていの人はネットでは別の名前を使っているのだし。

 別に夫婦に限らず、親子で違う名字でも構わないし、もっと言うと、「姓」と「名」の組み合わせに限定せず、名前だけにしたり、逆に、ミドルネームをつけたり、長い名前にしたりしてもいいのではないですか。もちろん、夫婦や家族が同じ姓を名乗るのも構いません。要は、名乗り方は全く自由にしてしまいましょう、ってことです。

 交際範囲ごとに名前を変えるのもいいですね。実際、すでにネットで大抵の人がやっているのだから、簡単なことでしょう。

 なんなら昔の武士みたいに、成長するごとに名前をかえるのもありでは? 徳川家康は松平竹千代から出発しました。

 

 現実問題として、名前がころころ変わるのは不便だし不合理だから、関係者同士ではそう簡単に名前を変えられるものではないでしょう。一度決めたメアドは滅多に変えられないし、電話番号だってMNPのニーズがあるわけです。

 もちろん、メアドと同じで、沢山作りすぎると自分が混乱しますから、せいぜい2、3個までがよろしいかと。

 なんなら、絶対に変えない名前を一つだけ「真名」とすればよろしいでしょう。伝統的な家名をお持ちの方はそれを「真名」にすればいいのではないでしょうか。

 

 法的手続きで個人をアイデンティファイするためにマイナンバーがあります。いまだマイナンバーの使い方に困っているようですが、大いに活用できるはずです。

 血縁関係はマイナンバー同士のひも付けでよいかと思います。このマイナンバーは、法的根拠がある場合にのみ使用可能とし、原則は秘密とされるようにします。

 ですから、ある種の犯罪を行った場合、「マイナンバーさらしの刑」に処するってことにするのがいいんじゃないですか。もう日本国内では生きていけませんから、事実上の国外退去処分、現代の流刑ですね。

 要するに、法的にはマイナンバーが本名になります。自分で選べないのは気に入らないですが。何なら、マイナンバーとともに一つだけ「真名」を本名として登録するようにすればいいのではないかと思います。

 

 やはり、結婚や離婚で一方のみが改姓の煩わしさを負担しなければならないのは不合理です。だったら、自由に名乗れるようにするのが一番不公平感がなくて良いのではないでしょうか。

棄権は危険 - まじめに「ふざける」という意思表示

 総選挙について、気鋭の思想家と言われる方が棄権することで意思表示しようと提案したとのこと。反論の嵐だったようですが、これはあまりにも安直で、およそ思想も思索もない愚策ですよ。

 以前、某総理大臣が「浮動層は家で寝ていてくれ」という趣旨のことを言ったのですけどね。彼は知らないのでしょうか。

 組織票をもっている既成政党からすると、票を読めない浮動層がどう動くかが一番問題なんです。でもって、よくも悪くも浮動票を取り込むために、芸能人を使ったりして受け狙いをするわけです。それでも実際にどう動くかわからないので、既成政党からすると浮動票が棄権してくれることが一番助かるというわけです。

 

 投票の権利を放棄しておいて、成立した政権が気に入らないからと言って騒ぎ立てるのは、幼稚なだだっ子と同じです。国会前で歌って踊っての老害や若害者と一緒です。棄権という選択に対しても責任は負うべきであり、棄権とは他者の決定を容認するという消極的な姿勢でしかありません。

 

 確かに、今の政治はくだらないことばかりです。候補者はろくな者がいないため、まともな選択肢がないといっていいでしょう。
 だからといって、棄権するというのは、そのくださなさを助長こそすれ、変革することにはなんら寄与しません。

 一番いいのは、現行の選挙制度自体を否定し改変することですが、それはあまり穏やかではありません。どうしても暴力的な性質を帯びてしまいます。

 

 やはり、現行制度で浮動層がなんらかの反対意思を表明したいなら、むしろ投票行動によって合法的に示すべきです。

 ところで、選択肢は? 白票は棄権と同じで無意味。かといって、既成政党に投票しても、結局当選後は浮動票の意思なんて無視されてしまいます。これは以前の政権交代で煮え湯を飲まされましたからね。やはり何も方法がないような・・・。

 でも、実は、あります。

 

 まず、一つ目。「正解」のない選択肢では、一番「面白い」ものを選べばいいんです。
 総選挙ですから、どんな選挙区にも泡沫政党や泡沫候補が乱立します。およそ議席が得られないと解っていながら、なぜか立候補してきます。ですから、自らの票を無駄にしないために、既成政党でも有名芸能人でもない無名で泡沫の彼らに一票を献上するのです。うまくすれば供託金没収から救ってあげられるかもしれません。

 供託金を取り戻してあげられるし、泡沫候補の票数という形で数字を刻むことで、現行制度へのプロテストにもなります。泡沫候補の票数が伸びれば、既成政党のボーダーライン上にいる人々の当落を左右します。

 もう一つは、とことん票を読めなくすること。まずは、マスメディアの目を欺くことです。マスメディアの目を誤魔化すだけなら何ら違法ではありません。
 マスメディアは出口調査を行います。選挙会場にどのぐらいの出入りがあるのかを調べます。ですから、当日投票の出来ない人は期日前投票を有効活用するんです。
 さらに、出口調査や電話調査が来たら「でたらめ」を答えましょう。相手は良心のかけらもないマスコミですから、こちらが良心的になる必要はありません。回答拒否でもいいですが、インチキ回答で「確」マークを出させておいて、実際に開票を終えたら落選していたなんて、楽しいじゃないですか。

 徒党を組んでデモンストレーションするというのは前時代的で野蛮です。これは一種の暴力です。そこで、力の無い庶民が合法的に抵抗する方法の一つが、穏当かつ正当に権利を行使した「ユーモア」であり、権力者を翻弄する「笑い」です。


 ちょっと注意してほしいのですが、テレビに出ている「お笑い芸人」の行っていることは、ここで言う「笑い」ではありません。特に、弱者やマイノリティをネタにしたものは、マスメディアという権力に乗った卑劣な侮辱と弾圧です。それを面白く感じるのは個々の感性と知性の問題ですが、少なくともここで言う「ユーモア」ではありません。

 何かを変えたい、変わりたいと思うなら、既成概念に囚われていてはだめでしょう。
 ただし、繰り返しますが、徒党を組んでも、それは暴力に変質するだけです。

 無名の庶民が、とくに連帯することなく、個別の意思でそれぞれが平穏に合法的に真剣にまじめに「ふざける」ことこそが、まさかの創発へとつながるのではないでしょうか。
 それこそ、政治家や組織やマスメディアや有名芸能人を驚愕させるだけの力を発揮するかもしれません。

 

 権利放棄は民主主義の否定であり、主権者たる国民の責任放棄ではないでしょうか。ですから、私は、絶対に棄権しません。

山尾志桜里さんを擁護します! 今こそ「性の解放」を訴えて下さい!!

(ありきたりの前置き)
 不倫は私的な問題であり、直接の被害者は当事者双方の家族であって、本来、他人がとやかく言うことではありません。ですから、私は自分と縁もゆかりもない芸能人の不倫には全く興味がありません。あくまでも当事者と関係者の問題であって、社会全体で叩く必要は無いと思います。

 しかし、政治家となると話は違ってきます。山尾さんは自民党議員の不倫をさんざん追及しておきながら、実は自分も不倫を追求していたなんて、欺瞞に満ちたダブルスタンダードもいいところ。失脚して当然でしょう。金銭にもだらしなく、秘書に責任を押しつけてガソリーヌと言われていましたが、今度はパコリーヌとかフリンセスとか揶揄される始末。「男女関係はない」などと言い張っても、報道内容を見れば、だれも信用なんてしません。言い訳が幼稚すぎです。本当にみっともない。
 山尾さんの味方をする人たちの自語相違もひどいもの。民進党とその支援者のレベルがしれるというものです。みんな自分は嘘つきだと宣言しているようなものです。

 そして身近に、特に仕事仲間に不倫中の人がいる場合は、要注意です。確かに不倫は私的な問題です。しかし、不倫とは家族に対する裏切りなんです。大切な家族を裏切るような人は、平然と他人を裏切ることでしょう。もし職場にそのような人がいたら、仕事仲間として信用できません。
 不倫をするような人は所詮はゲス、人間の理性を忘れた畜生と同じです。人間として軽蔑します。
 良き家族制度の伝統を破壊する不倫は、個人的なことではありますが、やはり社会的にも許すべきではありません。特に公人の場合は非難されて当然です。


(勝手なエロ妄想)
 きれい事はここまでです。
 さて、純粋な疑問です。既婚者がなぜ不倫なんてことするんでしょう。どうみてもハイリスクだと思うのですが。でも、世の中、メディアを気にする必要の無い一般人も結構不倫しているのでしょうね。

 なお、これ以降、エロ描写や淫語がいくつも出てきますので、お読みくださる奇特な方はご注意ください。

 ソースは忘れましたが、男性の性欲は10代20代がMAXで年齢とともに低下していくのに対し、女性は10代20代よりも30代40代の方が性欲が強くなるとのこと。
 ところが、結婚し家庭を持ってしまうと、妻としての役割を演じ、母親としての役割を担い、社会に出ればその立場に徹しなければならない。夫も忙しいから、結局夫婦はセックスレス。そんなこんなで毎日が過ぎていく。20代まではチヤホヤされもするでしょうが、30代40代の女性は、公私ともに責任ばかりが大きくなって自由を失い、古くさい固定観念が手枷足枷となって、抑圧されているのかもしれません。

 そこでとあるアラフォー既婚者について、勝手に妄想してみました。

 高学歴で社会的地位も高いキャリアウーマンの彼女。そんな、とある女性の話です。でも、そんなお固い人がなぜ道を外れてしまったのでしょう。
 理由は単純。体が、そして、心の底で「セックスしたかった」ということです。

 彼女は、ある日、ふと思ったことでしょう。
 これじゃまるで女装した男と同じじゃん。不惑なんてあくまでも男の話。妻として母としての義務をこなし、仕事だって人一倍優れた成果を上げている。でも、その合間にふと迷いに揺れてしまうことがある。女の私はどこに行ったの?もう消えてなくなっちゃったの?、って。
 そんなとき、気の合う男性が、夫以外の男が目の前に現れた。若い。イケメン。好みのタイプ。まず、女の部分で惹かれた。心はまだブレーキをかけているのに、体が反応している。欲しがっている。でも、だめ。自分には夫も子供もいる。世間体もある。葛藤しつつも、ふとしたことがきっかけで、でも実は偶然を装って?、それとも、上手く言い訳を作って?、とにかく二人きりになって、タガが外れた。最初は自分にしっかり言い聞かせた。一度だけよ、のめり込んじゃダメ、って。

 でも、まだまだ元気な若いチンコの魅力には抗えなかった。もっともっととおねだりすると、ちゃんと応えてくれる。体の相性もいい。互いに家庭があるという背徳感がさらに媚薬となって、ベッドでは淫欲の限りを尽くし、激しく乱れた。三十男も四十路熟女の濃厚テクにメロメロになった。かくして互いが夢中になり、逢瀬を重ねるようになった。もう離れられない。

 だらしなく緩み始めた肉体が若い男の体に包まれ、体の中は硬直した男性自身に貫かれ満たされているとき、妻であることも母であることも職務も立場も何もかも忘れて、全てをかなぐり捨てた一糸まとわぬ全裸で快楽をむさぼり、メスのあえぎ声をあげて、女の悦びに浸ることができた。甘美な誘惑の前に、優れた理性も明晰な頭脳も、あえなく屈してしまった。悦楽のひとときが過ぎ、シャワーを浴びて、メイクしようと鏡の前に座る。しっとりツヤツヤした肌。そんな自分におもわず微笑む。

 もちろん頭では、十分わかっている。私はずるい女だ。相手にも家庭がある。文春砲の直撃をくらえば、地位も家庭も今の関係も全てが崩壊する。だから、周囲の目を欺き、隠れて会った。もう後悔なんてない。偽りの自分をつくっていこう。これが大人の女の選択なのだから。消すことの出来ない後ろめたさが自分を、妻として母として職業人として、より優しく、生き生きとした新しい自分に変えてくれた。


(あくまで仮説)
 日本は自由の認められた国です。昨今は、マスメディアばかりでなく、インターネットも普及したことで、言論の自由は謳歌されています。本当に便利ないい時代になりました。
 その一方で、今の時代に何とも言えない息苦しさを感じるのはなぜでしょう。若者が夢も希望も持てない時代に何の価値があるのでしょう。

 豊かなはずの日本なのに、正規雇用者は朝から晩まで社畜として滅私奉公し、非正規雇用者は収入を得るため、これまた朝から晩まで働かないと生きていけません。既婚者はおのずとセックスレスになるわけです。日々忙しいため、未婚の男女とも出会いの場は限られ、「いい出会い」に恵まれないまま、「一人」で生きていくことになります。
 男は風俗でスッキリもあるでしょうけど、低収入ではいつも利用するというわけにはいかないでしょう。結局、性処理はAVかエロアニメでオナニー。ところが、AVもエロアニメも「抜く」ために作られていますから、出てくる女性は「男に都合のいい女」でしかなく、性行為までのコミュニケーションもプロセスも省略されています。性交場面も男女が愛し合う場面とは言えません。これでは歪んだ性知識しか得られないでしょう。

 一方、性にまつわる規制は強化されており、セクハラ、ストーカー、個人情報保護、痴漢冤罪、児童ポルノ禁止等々、男性の性欲を抑圧する情報ばかりが目立ち、ますます性がネガティブなものに追いやられてしまっていると思います。その結果、若い男性は草食化し、現実の女性から距離を置き、アニメとゲームとアイドルに夢中、ってところでしょうか。
 一方、若い女性も能力を活かす機会が狭められて、その結果、貧困を強いられ、親元から経済的にも精神的にも離れられず、いい出会いもないまま日々過ぎていくことになっているのではないでしょうか。かといって、性に積極的だと、肉食とか淫乱とかヤリマンとか言われてしまう。モト彼の多さなんて自慢にも何にもならない。21世紀になっても女性は古い因習と固定観念にとらわれて不自由を強いられているのかもしれません。

 夫婦はセックスレス、未婚の男女は出会いもなく、心身ともに「貧しい」日々。この状況は、バブル崩壊以降四半世紀近く続いているのかもしれません。これでは、少子化が進むのも当然ですよね。


(真面目な提言)
 このままでは、山尾志桜里さんは離党どころか、政治生命が終わることでしょう。もう次の選挙では議席を得られないでしょう。
 でも、この美熟女を政界から失うのは惜しいと思います。バカヤロウどもは「ぜひAVに」なんて誘うことでしょう。それはそれでかなり売れるでしょうが、でも、これだけの逸材、やはり勿体ない。こういうクール・ビューティは何としても抱擁したい、じゃなくて、擁護したい、援護したい。

 今後何を言われようと、臆面も無く開き直ってほしいと思います。道徳的な綺麗事しか言わない奴らは、口先だけで大したことはできません。

 まずは堂々と宣言してください。「不倫は文化だ!」って。

 ダブスタについても「あんな追及でしっぽ巻いて逃げ出すやつが弱っちいだけよ。所詮、政治家としてはダメだね。一流になりたければ、愛人の一人や二人上手に囲えばいいのよ。自民党の大物達だって皆そうだったでしょ。 私はこれからもプライベートでは恋人を沢山作って楽しく遊んで女を磨くつもり。」って、どや顔で豪語しましょう。

 その勢いで「だいたい、天下のマスメディアが下ネタごとき追い回すなんてくだらないんだよ。となりのクソブタ野郎が核実験やらかして、ミサイルだってポンポンポンポン打ち上げてきて、それこそ国家の一大事って時に、おまえら何やっとるんじゃ。文春、てめぇら要するにただのデバガメじゃねぇか。そんなので売り上げ伸ばしたいのか。ゴシップエロ雑誌かっつうの。それにおい、前原。安倍を倒して天下を取ろうってときに文春ごときにビビって私を切るなんて、ウツワもチンコも小せえ小物じゃねぇか。そんな貧チン党なんてこっちから願い下げだね。」ってぶちまけちゃいましょう。スッキリすること請け合いです。
 ここで一気にキャラを変えてしまうんです。

 そして、味方を集めて会派を作り法案を出しましょう。全ては「性の解放」と「少子化対策」につながります。
例えば・・・・・、

1、【過剰労働禁止法】
 一日の労働拘束は6時間までとする。また、次の拘束まで15時間以上空けてはなくてはならない。そして、週辺りの労働時間は30時間を超えてはならない。

2、【雇用差別禁止法】
 雇用に正規非正規の区別を無くし、社会保障および福利厚生を一元化する。正規雇用という概念を無くし、公務員を含めて雇用および解雇を流動的に行えるようにする。国は失業者の就労支援を行う。
 雇用、職務、および解雇において、性別、年齢、その他、いかなる理由をもっても差別してはならない。定年制はこれを廃止する。

3、【婚姻形態自由法】
 一夫一婦制を絶対のものとせず、成人間において互いの同意があれば、通い婚、多夫、多妻、同性婚、異種婚を認める。
 婚外性交渉も自由であるが、女性が出産した場合は、婚姻関係が存在するものと見なす。
 自由な性交渉を妨害した場合は、性交抑圧罪として罰する。また、強制性交罪の刑罰を引き上げる。
 マイナンバーは血族3親等までのつながりを明らかにする。ただし、血縁の確認のみに用い、その他の用途に利用してはならない。

4、【子作り促進法】
 夫婦がホテルを夫婦円満および子作りのために使うときは全て無料とする。
 小学生以下の子供を育てている場合、子作り時間中、保育施設で一時的に預かるデイサービスを提供する。
 女性が出産のため職場を離れる場合、それを理由に一切の不利益があってはならない。 実子および養子とする子の出産および育児に関して、男性も出産する女性と同様の権利を有し、そのために職場を離れた場合、それを理由に一切の不利益があってはならない。
 出産費用は、資産および収入に応じて支援する。

5、【子育て支援法】
 子育てにあたり、経済的支援が必要な場合は資産・収入および子供の人数に応じて支援を行う。
 経済上その他の理由で養育が困難な場合は、国の設置する施設が養育を行い、あるいは、養子を斡旋する。人身売買はこれを厳禁する。
 また、実子、養子(代理出産を含む)の区別や差別は厳禁とし、違反があった場合は養育権を解除し刑罰を科す。
 パチンコおよび公営ギャンブルはIR特区を除き全て禁止し、跡地は全て保育施設とする。
 子育てと職務が重なった場合、臨時保育サービスをうけることができる。状況によりサービスが受けられない場合は、子育てを職務に優先する。
 養育と教育のプロであるナニー(nanny)およびガヴァネス(governess)を国家資格とする。
 家事代行業の促進を行う。

6、【出会い特区設置法】

 既婚未婚男女を問わず、出会いの場を提供するため、「出会いサークル」の設置を認める。ただし、両者の合意なしに性交渉をおこなってはならない。
 本人の希望により性欲の強さを測定し、そのデータに応じたマッチングあるいはカップリングのサービスを行う。
 童貞処女向けの「筆おろし初体験サークル」は施設を優先的に利用できる。「出会い」に対して対価を求めてはならない。参加資格は満18歳以上とする。ただし、保護者の承諾がある場合は、満16歳以上の参加を認める。
 特区内には、性行為未経験の童貞処女、はじめてに失敗してトラウマのある初心者、長年ごぶさたの方のために、それぞれの状況に応じてカウンセリングを行う「出会いクリニック」を設置し、さらに、コミュニケーションのとりかたや行為の方法等をプロの指導者が手取り足取り優しく教える「出会い教室」を開設する。


 明治期に全国民に押しつけられた「家制度」も戦後昭和期に出来上がった「核家族」も崩壊しつつある今、家族のあり方、男女のあり方、親子のあり方に大転換が必要だと思います。明治期の民法典を未だに有難く頂いているなんて愚の骨頂。自民党少子化対策なんて本質をとらえそこねた、表面的で的外れなものばかり。
 これは、法律家である山尾さんだからこそできる改革です。

 男女平等とは、性の特徴を排除することではなく、それぞれが持ち、あるいは、望む性の特性を認め尊重することだと思います。妻になり母になると「女」が抑圧される現状は明らかな女性差別と言えるでしょう。男性も、「男らしさ」「男が働かなくてはならない」「大黒柱」等々の男性像に縛られてはいないでしょうか。もしかしたら、男女ともに抑圧される中で、無意識に相手を古い観念で束縛しているのかもしれません。

 もちろん、上記提案が一つでも実現できたら革命ものですが。

 

(あとがき)
 日本はまだまだ女性の活躍が不十分です。でも、既存の価値観のままでは、女性が実力を十分発揮できるとは言えません。今期待できる女性政治家ですが、自民党ではダメでしょう。稲田さんは貧弱でしたし、野田さんも小渕さんも所詮二世で大したことはできないでしょう。小池都知事はただのポピュリストで、政策の一貫性は期待できません。仮に総理になってもつまらない政治しかできません。今の都政がいい証拠です。その他の芸能人政治家は論外。例のハゲー!はさっさと消えろって感じです。野党の女性政治家はみんな古くさいJフェミのなれの果て。凶暴なだけで、使い物になりません。

 山尾さんこそ一番期待できる女性政治家だと思います。
 今度は「古くさい因習、死ね」でがんばって下さい。今の日本は、ヘビがせっせと自分の尻尾を食べているような状態です。自滅の道を歩んでいます。どうか、袋小路にはまって出られなくなった日本の男女を救い出してください。

はっきり言って、加計問題ってどうでもいいんですけど

国会で加計加計って民進党とマスコミがいきりたってるけど、あんなのはっきり言って国民にとってはどうでもいいことだと思うんです。
そんなことばっかりやってるから、民進党は人気をなくすんじゃないですかね。安倍内閣の足を引っ張る嫌がらせみたいなことばっかりで、国政自体への批判なんて全然できてないじゃないですか。
むしろ党首の二重国籍問題の方が法的によっぽど問題なわけですし。なんでこっちを国会やワイドショーで取り上げないんでしょう。

民進党が今から人気を回復したいなら、現党首がさっさと議員辞職して、執行部を立て直し、国民の関心をきちんとサーチして、例えば

・正規・非正規雇用差別禁止法案

・長時間(1日8時間以上)労働禁止法案

・通勤時間を労働時間に組み込む法案

・満員電車禁止法案

・遅刻許容法案

・昼寝促進法案

・パチンコ禁止法案

・飲み会強要禁止法案

・歩きたばこ厳罰法案

・歩きスマホ禁止法案

・性差別・年齢差別禁止法案

最低賃金倍増法案

・資産課税法案

なんてのを出して論戦を繰り広げてほしいと思います。