棄権は危険 - まじめに「ふざける」という意思表示

 総選挙について、気鋭の思想家と言われる方が棄権することで意思表示しようと提案したとのこと。反論の嵐だったようですが、これはあまりにも安直で、およそ思想も思索もない愚策ですよ。

 以前、某総理大臣が「浮動層は家で寝ていてくれ」という趣旨のことを言ったのですけどね。彼は知らないのでしょうか。

 組織票をもっている既成政党からすると、票を読めない浮動層がどう動くかが一番問題なんです。でもって、よくも悪くも浮動票を取り込むために、芸能人を使ったりして受け狙いをするわけです。それでも実際にどう動くかわからないので、既成政党からすると浮動票が棄権してくれることが一番助かるというわけです。

 

 投票の権利を放棄しておいて、成立した政権が気に入らないからと言って騒ぎ立てるのは、幼稚なだだっ子と同じです。国会前で歌って踊っての老害や若害者と一緒です。棄権という選択に対しても責任は負うべきであり、棄権とは他者の決定を容認するという消極的な姿勢でしかありません。

 

 確かに、今の政治はくだらないことばかりです。候補者はろくな者がいないため、まともな選択肢がないといっていいでしょう。
 だからといって、棄権するというのは、そのくださなさを助長こそすれ、変革することにはなんら寄与しません。

 一番いいのは、現行の選挙制度自体を否定し改変することですが、それはあまり穏やかではありません。どうしても暴力的な性質を帯びてしまいます。

 

 やはり、現行制度で浮動層がなんらかの反対意思を表明したいなら、むしろ投票行動によって合法的に示すべきです。

 ところで、選択肢は? 白票は棄権と同じで無意味。かといって、既成政党に投票しても、結局当選後は浮動票の意思なんて無視されてしまいます。これは以前の政権交代で煮え湯を飲まされましたからね。やはり何も方法がないような・・・。

 でも、実は、あります。

 

 まず、一つ目。「正解」のない選択肢では、一番「面白い」ものを選べばいいんです。
 総選挙ですから、どんな選挙区にも泡沫政党や泡沫候補が乱立します。およそ議席が得られないと解っていながら、なぜか立候補してきます。ですから、自らの票を無駄にしないために、既成政党でも有名芸能人でもない無名で泡沫の彼らに一票を献上するのです。うまくすれば供託金没収から救ってあげられるかもしれません。

 供託金を取り戻してあげられるし、泡沫候補の票数という形で数字を刻むことで、現行制度へのプロテストにもなります。泡沫候補の票数が伸びれば、既成政党のボーダーライン上にいる人々の当落を左右します。

 もう一つは、とことん票を読めなくすること。まずは、マスメディアの目を欺くことです。マスメディアの目を誤魔化すだけなら何ら違法ではありません。
 マスメディアは出口調査を行います。選挙会場にどのぐらいの出入りがあるのかを調べます。ですから、当日投票の出来ない人は期日前投票を有効活用するんです。
 さらに、出口調査や電話調査が来たら「でたらめ」を答えましょう。相手は良心のかけらもないマスコミですから、こちらが良心的になる必要はありません。回答拒否でもいいですが、インチキ回答で「確」マークを出させておいて、実際に開票を終えたら落選していたなんて、楽しいじゃないですか。

 徒党を組んでデモンストレーションするというのは前時代的で野蛮です。これは一種の暴力です。そこで、力の無い庶民が合法的に抵抗する方法の一つが、穏当かつ正当に権利を行使した「ユーモア」であり、権力者を翻弄する「笑い」です。


 ちょっと注意してほしいのですが、テレビに出ている「お笑い芸人」の行っていることは、ここで言う「笑い」ではありません。特に、弱者やマイノリティをネタにしたものは、マスメディアという権力に乗った卑劣な侮辱と弾圧です。それを面白く感じるのは個々の感性と知性の問題ですが、少なくともここで言う「ユーモア」ではありません。

 何かを変えたい、変わりたいと思うなら、既成概念に囚われていてはだめでしょう。
 ただし、繰り返しますが、徒党を組んでも、それは暴力に変質するだけです。

 無名の庶民が、とくに連帯することなく、個別の意思でそれぞれが平穏に合法的に真剣にまじめに「ふざける」ことこそが、まさかの創発へとつながるのではないでしょうか。
 それこそ、政治家や組織やマスメディアや有名芸能人を驚愕させるだけの力を発揮するかもしれません。

 

 権利放棄は民主主義の否定であり、主権者たる国民の責任放棄ではないでしょうか。ですから、私は、絶対に棄権しません。

山尾志桜里さんを擁護します! 今こそ「性の解放」を訴えて下さい!!

(ありきたりの前置き)
 不倫は私的な問題であり、直接の被害者は当事者双方の家族であって、本来、他人がとやかく言うことではありません。ですから、私は自分と縁もゆかりもない芸能人の不倫には全く興味がありません。あくまでも当事者と関係者の問題であって、社会全体で叩く必要は無いと思います。

 しかし、政治家となると話は違ってきます。山尾さんは自民党議員の不倫をさんざん追及しておきながら、実は自分も不倫を追求していたなんて、欺瞞に満ちたダブルスタンダードもいいところ。失脚して当然でしょう。金銭にもだらしなく、秘書に責任を押しつけてガソリーヌと言われていましたが、今度はパコリーヌとかフリンセスとか揶揄される始末。「男女関係はない」などと言い張っても、報道内容を見れば、だれも信用なんてしません。言い訳が幼稚すぎです。本当にみっともない。
 山尾さんの味方をする人たちの自語相違もひどいもの。民進党とその支援者のレベルがしれるというものです。みんな自分は嘘つきだと宣言しているようなものです。

 そして身近に、特に仕事仲間に不倫中の人がいる場合は、要注意です。確かに不倫は私的な問題です。しかし、不倫とは家族に対する裏切りなんです。大切な家族を裏切るような人は、平然と他人を裏切ることでしょう。もし職場にそのような人がいたら、仕事仲間として信用できません。
 不倫をするような人は所詮はゲス、人間の理性を忘れた畜生と同じです。人間として軽蔑します。
 良き家族制度の伝統を破壊する不倫は、個人的なことではありますが、やはり社会的にも許すべきではありません。特に公人の場合は非難されて当然です。


(勝手なエロ妄想)
 きれい事はここまでです。
 さて、純粋な疑問です。既婚者がなぜ不倫なんてことするんでしょう。どうみてもハイリスクだと思うのですが。でも、世の中、メディアを気にする必要の無い一般人も結構不倫しているのでしょうね。

 なお、これ以降、エロ描写や淫語がいくつも出てきますので、お読みくださる奇特な方はご注意ください。

 ソースは忘れましたが、男性の性欲は10代20代がMAXで年齢とともに低下していくのに対し、女性は10代20代よりも30代40代の方が性欲が強くなるとのこと。
 ところが、結婚し家庭を持ってしまうと、妻としての役割を演じ、母親としての役割を担い、社会に出ればその立場に徹しなければならない。夫も忙しいから、結局夫婦はセックスレス。そんなこんなで毎日が過ぎていく。20代まではチヤホヤされもするでしょうが、30代40代の女性は、公私ともに責任ばかりが大きくなって自由を失い、古くさい固定観念が手枷足枷となって、抑圧されているのかもしれません。

 そこでとあるアラフォー既婚者について、勝手に妄想してみました。

 高学歴で社会的地位も高いキャリアウーマンの彼女。そんな、とある女性の話です。でも、そんなお固い人がなぜ道を外れてしまったのでしょう。
 理由は単純。体が、そして、心の底で「セックスしたかった」ということです。

 彼女は、ある日、ふと思ったことでしょう。
 これじゃまるで女装した男と同じじゃん。不惑なんてあくまでも男の話。妻として母としての義務をこなし、仕事だって人一倍優れた成果を上げている。でも、その合間にふと迷いに揺れてしまうことがある。女の私はどこに行ったの?もう消えてなくなっちゃったの?、って。
 そんなとき、気の合う男性が、夫以外の男が目の前に現れた。若い。イケメン。好みのタイプ。まず、女の部分で惹かれた。心はまだブレーキをかけているのに、体が反応している。欲しがっている。でも、だめ。自分には夫も子供もいる。世間体もある。葛藤しつつも、ふとしたことがきっかけで、でも実は偶然を装って?、それとも、上手く言い訳を作って?、とにかく二人きりになって、タガが外れた。最初は自分にしっかり言い聞かせた。一度だけよ、のめり込んじゃダメ、って。

 でも、まだまだ元気な若いチンコの魅力には抗えなかった。もっともっととおねだりすると、ちゃんと応えてくれる。体の相性もいい。互いに家庭があるという背徳感がさらに媚薬となって、ベッドでは淫欲の限りを尽くし、激しく乱れた。三十男も四十路熟女の濃厚テクにメロメロになった。かくして互いが夢中になり、逢瀬を重ねるようになった。もう離れられない。

 だらしなく緩み始めた肉体が若い男の体に包まれ、体の中は硬直した男性自身に貫かれ満たされているとき、妻であることも母であることも職務も立場も何もかも忘れて、全てをかなぐり捨てた一糸まとわぬ全裸で快楽をむさぼり、メスのあえぎ声をあげて、女の悦びに浸ることができた。甘美な誘惑の前に、優れた理性も明晰な頭脳も、あえなく屈してしまった。悦楽のひとときが過ぎ、シャワーを浴びて、メイクしようと鏡の前に座る。しっとりツヤツヤした肌。そんな自分におもわず微笑む。

 もちろん頭では、十分わかっている。私はずるい女だ。相手にも家庭がある。文春砲の直撃をくらえば、地位も家庭も今の関係も全てが崩壊する。だから、周囲の目を欺き、隠れて会った。もう後悔なんてない。偽りの自分をつくっていこう。これが大人の女の選択なのだから。消すことの出来ない後ろめたさが自分を、妻として母として職業人として、より優しく、生き生きとした新しい自分に変えてくれた。


(あくまで仮説)
 日本は自由の認められた国です。昨今は、マスメディアばかりでなく、インターネットも普及したことで、言論の自由は謳歌されています。本当に便利ないい時代になりました。
 その一方で、今の時代に何とも言えない息苦しさを感じるのはなぜでしょう。若者が夢も希望も持てない時代に何の価値があるのでしょう。

 豊かなはずの日本なのに、正規雇用者は朝から晩まで社畜として滅私奉公し、非正規雇用者は収入を得るため、これまた朝から晩まで働かないと生きていけません。既婚者はおのずとセックスレスになるわけです。日々忙しいため、未婚の男女とも出会いの場は限られ、「いい出会い」に恵まれないまま、「一人」で生きていくことになります。
 男は風俗でスッキリもあるでしょうけど、低収入ではいつも利用するというわけにはいかないでしょう。結局、性処理はAVかエロアニメでオナニー。ところが、AVもエロアニメも「抜く」ために作られていますから、出てくる女性は「男に都合のいい女」でしかなく、性行為までのコミュニケーションもプロセスも省略されています。性交場面も男女が愛し合う場面とは言えません。これでは歪んだ性知識しか得られないでしょう。

 一方、性にまつわる規制は強化されており、セクハラ、ストーカー、個人情報保護、痴漢冤罪、児童ポルノ禁止等々、男性の性欲を抑圧する情報ばかりが目立ち、ますます性がネガティブなものに追いやられてしまっていると思います。その結果、若い男性は草食化し、現実の女性から距離を置き、アニメとゲームとアイドルに夢中、ってところでしょうか。
 一方、若い女性も能力を活かす機会が狭められて、その結果、貧困を強いられ、親元から経済的にも精神的にも離れられず、いい出会いもないまま日々過ぎていくことになっているのではないでしょうか。かといって、性に積極的だと、肉食とか淫乱とかヤリマンとか言われてしまう。モト彼の多さなんて自慢にも何にもならない。21世紀になっても女性は古い因習と固定観念にとらわれて不自由を強いられているのかもしれません。

 夫婦はセックスレス、未婚の男女は出会いもなく、心身ともに「貧しい」日々。この状況は、バブル崩壊以降四半世紀近く続いているのかもしれません。これでは、少子化が進むのも当然ですよね。


(真面目な提言)
 このままでは、山尾志桜里さんは離党どころか、政治生命が終わることでしょう。もう次の選挙では議席を得られないでしょう。
 でも、この美熟女を政界から失うのは惜しいと思います。バカヤロウどもは「ぜひAVに」なんて誘うことでしょう。それはそれでかなり売れるでしょうが、でも、これだけの逸材、やはり勿体ない。こういうクール・ビューティは何としても抱擁したい、じゃなくて、擁護したい、援護したい。

 今後何を言われようと、臆面も無く開き直ってほしいと思います。道徳的な綺麗事しか言わない奴らは、口先だけで大したことはできません。

 まずは堂々と宣言してください。「不倫は文化だ!」って。

 ダブスタについても「あんな追及でしっぽ巻いて逃げ出すやつが弱っちいだけよ。所詮、政治家としてはダメだね。一流になりたければ、愛人の一人や二人上手に囲えばいいのよ。自民党の大物達だって皆そうだったでしょ。 私はこれからもプライベートでは恋人を沢山作って楽しく遊んで女を磨くつもり。」って、どや顔で豪語しましょう。

 その勢いで「だいたい、天下のマスメディアが下ネタごとき追い回すなんてくだらないんだよ。となりのクソブタ野郎が核実験やらかして、ミサイルだってポンポンポンポン打ち上げてきて、それこそ国家の一大事って時に、おまえら何やっとるんじゃ。文春、てめぇら要するにただのデバガメじゃねぇか。そんなので売り上げ伸ばしたいのか。ゴシップエロ雑誌かっつうの。それにおい、前原。安倍を倒して天下を取ろうってときに文春ごときにビビって私を切るなんて、ウツワもチンコも小せえ小物じゃねぇか。そんな貧チン党なんてこっちから願い下げだね。」ってぶちまけちゃいましょう。スッキリすること請け合いです。
 ここで一気にキャラを変えてしまうんです。

 そして、味方を集めて会派を作り法案を出しましょう。全ては「性の解放」と「少子化対策」につながります。
例えば・・・・・、

1、【過剰労働禁止法】
 一日の労働拘束は6時間までとする。また、次の拘束まで15時間以上空けてはなくてはならない。そして、週辺りの労働時間は30時間を超えてはならない。

2、【雇用差別禁止法】
 雇用に正規非正規の区別を無くし、社会保障および福利厚生を一元化する。正規雇用という概念を無くし、公務員を含めて雇用および解雇を流動的に行えるようにする。国は失業者の就労支援を行う。
 雇用、職務、および解雇において、性別、年齢、その他、いかなる理由をもっても差別してはならない。定年制はこれを廃止する。

3、【婚姻形態自由法】
 一夫一婦制を絶対のものとせず、成人間において互いの同意があれば、通い婚、多夫、多妻、同性婚、異種婚を認める。
 婚外性交渉も自由であるが、女性が出産した場合は、婚姻関係が存在するものと見なす。
 自由な性交渉を妨害した場合は、性交抑圧罪として罰する。また、強制性交罪の刑罰を引き上げる。
 マイナンバーは血族3親等までのつながりを明らかにする。ただし、血縁の確認のみに用い、その他の用途に利用してはならない。

4、【子作り促進法】
 夫婦がホテルを夫婦円満および子作りのために使うときは全て無料とする。
 小学生以下の子供を育てている場合、子作り時間中、保育施設で一時的に預かるデイサービスを提供する。
 女性が出産のため職場を離れる場合、それを理由に一切の不利益があってはならない。 実子および養子とする子の出産および育児に関して、男性も出産する女性と同様の権利を有し、そのために職場を離れた場合、それを理由に一切の不利益があってはならない。
 出産費用は、資産および収入に応じて支援する。

5、【子育て支援法】
 子育てにあたり、経済的支援が必要な場合は資産・収入および子供の人数に応じて支援を行う。
 経済上その他の理由で養育が困難な場合は、国の設置する施設が養育を行い、あるいは、養子を斡旋する。人身売買はこれを厳禁する。
 また、実子、養子(代理出産を含む)の区別や差別は厳禁とし、違反があった場合は養育権を解除し刑罰を科す。
 パチンコおよび公営ギャンブルはIR特区を除き全て禁止し、跡地は全て保育施設とする。
 子育てと職務が重なった場合、臨時保育サービスをうけることができる。状況によりサービスが受けられない場合は、子育てを職務に優先する。
 養育と教育のプロであるナニー(nanny)およびガヴァネス(governess)を国家資格とする。
 家事代行業の促進を行う。

6、【出会い特区設置法】

 既婚未婚男女を問わず、出会いの場を提供するため、「出会いサークル」の設置を認める。ただし、両者の合意なしに性交渉をおこなってはならない。
 本人の希望により性欲の強さを測定し、そのデータに応じたマッチングあるいはカップリングのサービスを行う。
 童貞処女向けの「筆おろし初体験サークル」は施設を優先的に利用できる。「出会い」に対して対価を求めてはならない。参加資格は満18歳以上とする。ただし、保護者の承諾がある場合は、満16歳以上の参加を認める。
 特区内には、性行為未経験の童貞処女、はじめてに失敗してトラウマのある初心者、長年ごぶさたの方のために、それぞれの状況に応じてカウンセリングを行う「出会いクリニック」を設置し、さらに、コミュニケーションのとりかたや行為の方法等をプロの指導者が手取り足取り優しく教える「出会い教室」を開設する。


 明治期に全国民に押しつけられた「家制度」も戦後昭和期に出来上がった「核家族」も崩壊しつつある今、家族のあり方、男女のあり方、親子のあり方に大転換が必要だと思います。明治期の民法典を未だに有難く頂いているなんて愚の骨頂。自民党少子化対策なんて本質をとらえそこねた、表面的で的外れなものばかり。
 これは、法律家である山尾さんだからこそできる改革です。

 男女平等とは、性の特徴を排除することではなく、それぞれが持ち、あるいは、望む性の特性を認め尊重することだと思います。妻になり母になると「女」が抑圧される現状は明らかな女性差別と言えるでしょう。男性も、「男らしさ」「男が働かなくてはならない」「大黒柱」等々の男性像に縛られてはいないでしょうか。もしかしたら、男女ともに抑圧される中で、無意識に相手を古い観念で束縛しているのかもしれません。

 もちろん、上記提案が一つでも実現できたら革命ものですが。

 

(あとがき)
 日本はまだまだ女性の活躍が不十分です。でも、既存の価値観のままでは、女性が実力を十分発揮できるとは言えません。今期待できる女性政治家ですが、自民党ではダメでしょう。稲田さんは貧弱でしたし、野田さんも小渕さんも所詮二世で大したことはできないでしょう。小池都知事はただのポピュリストで、政策の一貫性は期待できません。仮に総理になってもつまらない政治しかできません。今の都政がいい証拠です。その他の芸能人政治家は論外。例のハゲー!はさっさと消えろって感じです。野党の女性政治家はみんな古くさいJフェミのなれの果て。凶暴なだけで、使い物になりません。

 山尾さんこそ一番期待できる女性政治家だと思います。
 今度は「古くさい因習、死ね」でがんばって下さい。今の日本は、ヘビがせっせと自分の尻尾を食べているような状態です。自滅の道を歩んでいます。どうか、袋小路にはまって出られなくなった日本の男女を救い出してください。

はっきり言って、加計問題ってどうでもいいんですけど

国会で加計加計って民進党とマスコミがいきりたってるけど、あんなのはっきり言って国民にとってはどうでもいいことだと思うんです。
そんなことばっかりやってるから、民進党は人気をなくすんじゃないですかね。安倍内閣の足を引っ張る嫌がらせみたいなことばっかりで、国政自体への批判なんて全然できてないじゃないですか。
むしろ党首の二重国籍問題の方が法的によっぽど問題なわけですし。なんでこっちを国会やワイドショーで取り上げないんでしょう。

民進党が今から人気を回復したいなら、現党首がさっさと議員辞職して、執行部を立て直し、国民の関心をきちんとサーチして、例えば

・正規・非正規雇用差別禁止法案

・長時間(1日8時間以上)労働禁止法案

・通勤時間を労働時間に組み込む法案

・満員電車禁止法案

・遅刻許容法案

・昼寝促進法案

・パチンコ禁止法案

・飲み会強要禁止法案

・歩きたばこ厳罰法案

・歩きスマホ禁止法案

・性差別・年齢差別禁止法案

最低賃金倍増法案

・資産課税法案

なんてのを出して論戦を繰り広げてほしいと思います。

「弱者」認定を受けると強者になれる

 まずは、女性専用車両。これって、女性=弱者 って図式ですよね。でもって、こんなふうに、女性をいつまでも弱者扱いしているってのは、女性差別の裏返しだよねって思うわけです。でも、女性の側から差別だと訴える声は聞こえません。まぁ、弱者扱いされていると居心地がいいですから。

 その一方で、女性専用車両があるのにそれを使わず、一般車両に乗っておいて、それも混んでいるときにですよ、それでいて気に入らないと痴漢呼ばわりって、自分勝手でしょう。よっぽど露骨な猥褻行為でなければ、触れてしまった程度なら、当然、混んだ車内では受忍限度の範囲内でしょう。

 最近、男性専用車両なんて案があるようですが、むしろ逆で、女性のみの一般車両への乗車を禁止すべきだと思います。すでに弱者として優遇されているのですから、女性の身勝手を許すべきではありません。

 

 それと関連して、バニラエアの件。やはり最初に朝日新聞を見たため、ひでぇ話だなぁと思ってしまいました。でも、角度なしには伝えない朝日です。案の定、「被害者」の素性も見えてきましたし、単純に良い悪いの話ではないことが解ります。そして、ネットでは「被害者」の問題点を指摘する書き込みもあれば擁護する書き込みもある。これは言論の自由が健全に作用している証拠です。もし朝日みたいな報道だけで、航空会社が一方的に悪者にされたら、真実がゆがみます。でも、世の大勢は「被害者」に同情することでしょう。もしろん障害をお持ちの方が大変なのは解ります。だから、福祉関連の法律があるわけです。

 

 でもって、今、一番の本当の弱者はというと、低所得でちょいハゲでブサメンの孤独なオッサンということになり、自分も当てはまるようなイヤな予感がするのですが、なぜか全く福祉や保護の対象とはならないため、弱者とは見なされません。むしろ淘汰しようとする圧力すら感じます。明らかに弾圧です。人権侵害です。地味に黙々と働くオッサンこそ、日本経済の基盤だというのに。

 

 やはり、最も効果的なのは、「弱者」となり「はれもの」になることです。しかし、どうやる??。「悪者」になったらアウトです。世間の同情はかえません。かといって「病気」「障害」を意図的に演じるのは悪質です。卑怯です。

 

 まず、痴漢えん罪で言えば、あと何百人も、我が同胞諸氏には無実の罪で犠牲になってもらう必要があるでしょう。昨今、痴漢えん罪で逃走し亡くなる方が何人もいます。にもかかわらず、本格的に対策をとろうとする動きは見られません。犠牲者が増加し、社会問題にならないと「弱者」認定はされません。朝日や毎日に同情される必要があります。

 

 ただし、注意すべき点は、あくまでも「弱者」に徹するということです。今一番心配なのは、痴漢えん罪が蔓延して、破滅的な破壊衝動が相手に向いてしまうことです。痴漢事件では、被害を訴える女性の証言のみで「犯人」と認定されます。真犯人はゆうゆうと逃げおせても警察はお構いなしで、「犯人」とされた人が自白を強要され、人生何もかも崩壊してしまいます。その一方で、日本では人一人殺したぐらいではそう簡単に死刑になりません。そこで、どうせ人生終わるならと、衝動的な怒りが濡れ衣を着せた女性に向き、相手の女性をボコボコにしてしまうような自制心のない行動が今後頻発しないかと心配でなりません。でも、暴力を振るったら「弱者」にはなれません。

 

 そう思うと、バニラエアの件、あのみっともないやり方が見事に「はれもの」パフォーマンスとして功を奏しているといわざるを得ません。

 低所得でハゲでブサメンの孤独なオッサンもあれを見習うべきです。そこにチビとデブとビン底眼鏡と体臭が加わってフルコンボで、世の女性から毛嫌いされる同胞も少なからずいることでしょう。でも、オッサンは日々真面目に生きているだけなんです。それなのに、存在するだけで嫌われ、すぐに疑われるのです。何の罪もないのに、あのGと同じに見なされています。

 

 どうせ毛嫌いされているなら、変に世間にこびてむなしい努力をするのではなく、開き直って、みっともないことを承知で、暴力的にはならず「弱者」を演じ「はれもの」となり、身の安全と生存権を獲得しましょう。

 さて、その実践方法は・・・・・。それが問題です。

みんな無口、それでいて暴力的

 日本人は静かで温和。そんなイメージがあるようです。ネットを見ますと「日本大好き外国人」の皆様がご自身の体験からそのように言ってくれてます。そして、日本人自身そんな自画像を思い描いているのかもしれません。

 しかし、電車に乗り、駅や街を歩いていると、それとは全く逆の状況に遭遇します。確かに、静かといえば静かなんですが・・・・。

 電車が少し混んでいる時、降りようとする人は声をかけて降りるのではなく、平然と人にぶつかって、全く謝りもせずさっさと降りて行きます。ひどい人になると、体の大きさに物を言わせて、立っている人を突き飛ばし、どかしておりていきます。突き飛ばされた人は一瞬何が起こったのか分からないのでしょう。反撃するまもなく、相手はいなくなってしまいます。
 ある時、武蔵浦和駅という大量に乗り降りする駅で、車両の中程から、体の大きな男たちにガンガン押されて、ついに車両から突き飛ばされるように出てきた女子学生を見ました。痴漢とは違う暴力以外の何者でもありません。

 一言「すみません、降ります」「ごめんなさい、後ろを通ります」と言えばいいだけの話のはずです。最近は、この「すみません」「ごめんなさい」という簡単な挨拶言葉があまり聞かれません。「謝ったら死ぬ病」にでもかかっているのでしょうか。

 ある時、山手線でベビーカーを押した若いお母さんが乗り込んできました。気づいた人は場所を空けたりしてやりましたが、気づかない人もいます。ここで「すみません」と一言言えばいいものを、その母親は(何で気付かないんだ)と言わんばかりのイラッとした顔をして、しばらく立ち止まった後、ベビーカーをその人の足にぶつけて通りました。何かと嫌われるベビーカーですが、ベビーカーそのものの是非よりも、押している人間の態度に問題があるのではないかと思いました。「すみません」「端に行かせて下さい」とひとこと言い、ニコッと笑顔で「ありがとうございます」と言えば、周りの人は喜んで助けるのではないでしょうか。

 ところが、声をかけるにも、相手は耳をふさいでいるため、そうとう大きな声を出さないと通じないという問題があります。その上、目はスマホに夢中で周囲を一顧だにしません。その最悪の醜態がスマホゾンビですね。私はこのことを意識してから、電車内で立っているときはイヤホンで音楽を聴くのをやめ、混んでいるときはスマホを見るのもやめました。
 スマホで目を覆いイヤホンで耳を覆う。これは明らかに周囲とのコミュニケーションを拒絶する態度です。したがって、ぶつかるという物理的接触によってしか、相手に伝える方法がなくなってしまったのです。

 このように言うと「若い世代はコミュニケーションに敏感である」なんてご教示をいただくのですが。これはコミュニケーションの定義が違うのかなと思います。若い世代がLINEやtwitterなどから離れられないのは、コミュニケーションを大切にしていると言うより、狭い所属集団の人間関係に神経をすり減らし、排除されることを恐れてビクビクしているだけに見えてならないのです。そして、複数の小集団がある場合は、それぞれにキャラ作りに必死になっているのではないでしょうか。私が見た範囲では、このような印象を受け、むしろ気を遣いまくっていて気の毒だなぁと思いました。
 若い人に限りませんが、内輪には神経を使う分、外側に無頓着になるのでしょう。でも、突き飛ばした相手が今後どこでどの様につながるかわからないとは思わないのでしょうか。悪い意味での一期一会。どうせ二度と会わない相手などどうでもいいと思っているのかもしれません。

 コミュニケーション能力とは外側の相手や未知の相手や初対面の相手や異質の相手に対応できる力だと思うのです。そして、本来の意味での一期一会を大切にすることが良き出会いを人生にもたらしてくれるように思います。

 日本人が外国からの訪問者に愛想がいいのは、いまだ田舎に残る人の良さもあり、訪問者がその良さに接したという面もあるでしょう。これは本当に良い出会いだと思います。ですが、一方で、訪問客に対するビジネススマイルがかなりあるし、さらには、本当の意味での「つながり」を拒絶し、一時的に関わるだけの外面の良さでもあるでしょう。外来の者に対する警戒心の裏返しです。

 

 言葉をかけようとする気持ちも言葉を受け止めようという気持ちもなくして、自己の殻に閉じこもる陰気な姿。コミュニケーションを拒絶し、コミュニケーションを放棄した人は、相手を思いやる気持ちも失われているのではないでしょうか。
 そのくせ、伝統的?な日本人の特性はなくしていないようです。お互いに察しあうといえば聞こえがいいのですが、自分が察する部分は放棄しているくせに、相手が察することばかりを要求しているだけの、いわば「甘えの構造」が独善的自己中心的に出てしまっているのではありませんか。

 コミュニケーションをとる気もないくせに、目を吊り上げて相手が察するのを待ち、一声かけるの嫌がって、結局は暴力的に他人を突き飛ばす姿。はっきり言って見苦しく醜いです。

鉄道混雑率規制法(仮)を制定すれば、痴漢は撲滅され経済も活性化し世の中が変わるはず

 最近何かと話題になっている痴漢冤罪事件。本当に痴漢をしていたとしたならば、許しがたいことですが、これが冤罪だとしたら、真犯人はのうのうと逃げおおせ、被害者の女性は被害を受けたままであり、犯人呼ばわりされた人は無実の罪を着せられることになります。つまり、誰もが不幸せになり損失しか負わず、それでいて犯罪者のみ得をするというくだらない話になってしまいます。また、女性の勘違いだとしたら、これも無駄な労力を使うことになります。
 もちろん、警察による「痴漢」事案の処理のあり方も問題が多いでしょう。「自白」の強要は違法ですし、かといって、痴漢認定を厳格にしすぎると被害女性が泣き寝入りすることになります。証拠のはっきりしない「犯罪」に巻き込まれて、誰もが正気を失ってしまうのが、痴漢濡れ衣事案だといえるでしょう。本当に無駄で、くだらないことです。

 

 よく言われることですが、やはり諸悪の根源は狂乱の満員電車にあります。これによる消耗は国家的にも社会的にも個人的にも大きな損失です。これを解消すれば、痴漢冤罪事件は激減するはずですし、国民に多大な利益をもたらすのではないでしょうか。


 喫緊の課題は、混雑率を最悪でも150%に、できれば100パーセント程度に緩和することです。そしてその方法は色々考えられているでしょうが、最も簡単なのは混雑率が 一定以上になった場合、違法とするような法律を作ってしまうことです。
 ちょっと考えればわかることですが、5人乗りの乗用車に10人乗ってた場合、もう明らかにぎゅうぎゅうづめですし、おまわりさんに見つかったら必ず怒られます。ところが、電車は200%の混雑率であっても、おまわりさんに止められるという話は聞いたことありません。そこで、電車でも定員以上乗っていたらお巡りさんに止められるようにしてしまえばいいんです。そして、例えば、混雑率が100%を超えた場合、車両一両につき1%あたり1億円の過料を鉄道運行会社が支払うようにするのです。

 

 するとどうなるでしょうか。まずは乗車制限や入場制限が始まります。乗車できない乗客たちは、大騒ぎすることでしょう。阿鼻叫喚は必至です。そこで、長距離通勤や同一時間帯での通勤を減らそうとする動きが出始めるはずです。大都市にオフィスを置く必要のない会社はどんどん大都市から出て行くことでしょう。そうすれば、通勤地獄の解消だけでなく、地方の再活性化にもつながることでしょう。

 こうなると、鉄道会社の収入は激減することでしょう。しかし、そこは値上げをすればいいだけの話ではないでしょうか。さらに言うならば座席と立ち席とで料金を分けたり、乗車距離を積算してマイルと同じようにし、多く利用する人は割引が得られるなんていうのも方法かと思います。こうなれば女性専用車両なんて世にもくだらない愚策は解消できますし、ベビーカーに目をとがらせることもなくなります。座席が有料になれば、席を譲るか譲るまいかという精神的葛藤に悩む必要もなくなります。現在 suicapasmo で乗客の動きはかなり把握できますので、様々なサービスが可能になるはずです。

 長時間通勤がなくなれば自分の時間を大いに有効活用できますし、職場と住宅が近くなることが、むしろ長時間労働を抑制することになるでしょう。うまくすると、子育てにも有効でしょう。少子化の解消にまでつながるかもしれません。

 もはや大都市に人口を集中させる時代ではありません。空間的にも時間的にもほどよく分散するほうが、国全体を活性化させるのではないかと思います。

 これこそ、国会にできることであり、国会のすべきことです。法律を一つ変えるだけで、日本が大きく変わるチャンスがうまれます。さらに特区をどんどん作って、日本人の手枷足枷となっていた規制を緩和していけば、地方の特色もでてくることでしょう。いずれ特区も解消して、様々な既得権や規制をなくせば、人々は生き生きとし始めるのではないでしょうか。


 唐突に話が変わりますが、かつて国民は民主党政権に期待しました。変わりたかったのです。私もそうでした。喜んで民主党候補に投票しました。
 ところが、民主党政権は国をダメにするようなくだらないことばかりして、国民のことを全く考えませんでした。東日本大震災のときに民主党政権だったのは、国民にとって悲劇以外の何者でもありませんでした。民主党政権時代に失ったものの大きさを忘れないからこそ、内政面では0点の安倍政権でも国民から支持され続けるのです。
 民主党政権の記憶がある限り、看板を民進党に変えても、国民は見向きもしないでしょう。その上、国籍問題の怪しい党首を頂いた民進党が国民生活そっちのけで、安倍さんの足を引っ張ることばかりやっています。「森友ガー」なんて国民にとってはどうでもいい話なのです。いい加減、野党は気づくべきです。自分たちは国民から軽蔑され、むしろ嫌悪され、憎悪すら抱かれかねないということを。

 野党が本当に国民生活を第一に考えるなら、日本をだめにすることやどうでもいいことに気勢を上げていないで、鉄道の混雑率を厳しく制限する法律を国会に提出し、実現させてはいかがでしょうか。国民の生活に直結する話となると、自民党も安易に反対できませんし、うまくすると公明党が乗ってくることでしょう。鉄道会社は反対するでしょうが、国民の利益となると露骨に妨害は出来ないでしょう。ただし、官僚や業界によって巧妙な罠を仕掛けられ法案が骨抜きにされないようにしなければなりません。政治家が間抜けなままでは折角の改革も有名無実化し、元の木阿弥になりかねません。

 政権交代を実現させたいなら、くだらない馬鹿騒ぎをするより、こういった地道で真面目な活動を積み上げる方がはるかに近道だと知るべきです。
 国民生活を考えた立法の提案を国会に提出して、国民のことを考えた議論を国会で展開すれば、スポンサーの顔色をうかがいつつもマスメディアも報道するでしょうし、各所で様々な議論が生まれ、ネットも盛り上がり衆知を集めることにもつながります。下手な経済政策より、人の流れが変わることの方が経済を大きく変えることでしょう。

 たった一つのわかりやすい立法が、多くの人が感じているであろう今の閉塞状況を一気に打開する嚆矢となるのです。

 満員電車をよしと思っている国民は誰一人いないでしょうし、反対する人もほとんどいないでしょう。反対する人は、人に濡れ衣を着せて痴漢犯罪を楽しむ薄汚い犯罪者とそのお仲間ということになりますから。

準強姦事件への何とも言えない違和感

 この事件になんかもやもやしていたら、うまくまとめてくれている記事があったので、その記事を元に自分なりに思ったことを書いてみます。「加害者」を擁護するつもりも「被害者」をバッシングするつもりもありません。単純に抱いた疑問と、そこから思ったことです。多くの人が既に語っているのかもしれませんので内容がかぶるのは承知の上ですが、引用部分は明示しますし、それ以外の文章はすべてオリジナルで一切パクリはありません。

さて、最初に引用元の記事です。
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【レイプ告白】「あの夜、なにがあったのか」詩織さんと山口氏 それぞれに聞いた
BuzzFeed Newsは詩織さんと山口敬之氏、双方に取材した。
2017/06/1 11:04
Kazuki Watanabe
渡辺一樹 BuzzFeed News Reporter, Japan

https://www.buzzfeed.com/jp/kazukiwatanabe/20170601?utm_term=.mu1g3AK9za#.ir9q98R3M1
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以下、>> で引用するのは全て上記記事です。2017年6月2日10:00時点のものを確認しました。改行はこちらの都合ですが、内容は一切変えてません。

 

では、まずは、記事の順番にそって思ったことを書いてみます。

>>この一件は「週刊新潮」5月18日号が「準強姦で逮捕状が出ていたが、
>>逮捕直前に警視庁刑事部長がストップをかけた」と最初に報じた。
>>詩織さんは5月29日、検察が山口氏を不起訴にしたことについて、
>>検察審査会に不服を申し立てた。

1、逮捕状は必ず執行されないといけないの?
  それとも、警察の判断で執行しないのもありなの?
2、その判断がありとして、普通はどのレベルのエライ人が判断するの?
 本庁の刑事部長というとかなりエライわけで、その下には課長もいれば警察署長もいて、その人たちも結構エライはず。
 つまり、刑事部長が逮捕状執行の可否を判断するのはイレギュラーなのか、それとも平常運転の範囲内なのかってこと。
3、でも、書類送検はされてるのだから、逮捕状執行の有無はそんなに重大な問題なの?
4、逮捕の有無の違いは、法的には被疑者拘留の可否の違いになるわけだし、起訴されてしまえば被告人勾留は可能ですよね。だとしたら、逮捕の有無というのは「世間的なインパクトの問題」なのだろうけど、マスメディアは逮捕されないと気づかないほど取材能力が低く間抜けだということでは?
5、検察官が不起訴処分にしたのは、証拠不十分だから?それとも、検察官が今はやりの「忖度」をしたから?
6、仮に証拠不十分だとして、それは警察の証拠収集が不十分だったから?
  検察官は独自捜査をしなかったの?それとも、捜査したけど警察以上の証拠は得られなかったの?
7、電車の中で尻を触られたと女性が一方的に言い張るだけで、疑われた男性はいくら否定しても逮捕され有罪にされるのに、なぜかなり証拠があるとみられる準強姦事件では逮捕も起訴もされないの?
  カギは合意の有無?

 記事を数行読んだだけで、こんなに疑問がわきました。

さて、事実関係についても疑問だらけ。
>>山口氏とは、2013年にアメリカで知り合った。山口氏はTBSワシントン支局長、
>>詩織さんはそのときニューヨークの大学に留学中だった。

8、この「知り合った」って、どういう関係?
 面識を得たってこと? 交友関係が始まったってこと? 男女の交際を始めたってこと?
9、一般論として、TBSワシントン支局長は留学生と、面識を持つ、交友関係をもつ、交際するといったことがあるの?ないの?あるとして、どの程度の頻度?

>>詩織さんは、留学から帰国後の2015年3月25日、TBSのワシントン支局に働き口が
>>ないか、山口氏に問い合わせた。山口氏とはアメリカで2度会っただけだったが、
>>その際に「あなたならTBSのワシントン支局であれば、いつでも仕事を紹介する」と
>>言われたことを思い出したからだという。

10、一般論として、学生が2度会ったTBSワシントン支局長に働き口を問い合わせるものなの? 上記9とも関連するけど、仮に多くの留学生がTBSワシントン支局長と面識を得るとして、そのうちどの程度の人が働き口を依頼するものなの?
  現実問題として、日本人留学生は数えるほどしかいないだろうし、その人たちは面識を得て2回会っただけで、就職の紹介を依頼できるの?
11、一般論として、TBSワシントン支局長は留学生に仕事を紹介するということを行うの?それとも、山口氏が個人的にそうしたの?
12、記事中の「あなたなら」というのは、詩織さんが非常に優秀だから? 女性だから? 美人だから? それとも、特別親しい関係だから?

 本当に疑問だらけです。

>>詩織さんは山口氏に呼び出され、2015年4月3日午後8時ごろ、恵比寿の串焼き店で
>>落ち合って食事をした。就職に向けた相談をするためだった。

13、詩織さんの採用って、いわゆる「現地採用」ってやつ?それとも「中途採用」ってやつ? もしかして「新卒一括採用」なの?
14、どの採用枠であれ、関与した社員は個人的に採用対象者と会うものなの?
  山口氏は、採用に関して社命で動いたの? それとも、私的に会ったの?
15、真面目な採用なら、なぜ夜になって串焼き屋で会ったの?


>>山口氏が「店を予約してあるから、移動しよう」と誘ったため、2人は午後9時40分
>>ごろ、鮨店に移動した。山口氏は詩織さんに「一緒に働きたいと思っていた」などと
>>伝えたという。

16、世間的に、例えばヘッドハンティングする場合、採用する側が採用対象者を料亭等で接待することはあるだろうけど、串焼き屋→鮨屋(予約)って流れはありなの?
  ヘッドハンティングとはいかないまでも、詩織さんってワシントン支局長が接待するほどの優秀な人材なの? だとしたら、なんらかの実績があると思うのだけど?

 と思ったら、その後でメールが引用されてました。引用の引用です。

>>詩織さんは2015年4月18日午後8時36分、山口氏宛に次のようなメールを送った。
>>  山口さん。
>>  今回山口さんと帰国した際にお会いしたのは新規のプロデューサーとして採用、
>>   ないしフリーとして契約をしたいので残りの問題のVISAの話をしようとお誘い
>>  いただいたからですよね。

 フリーなら解りますが、「新規のプロデューサー」ってところでなんか引っかかりました。

 詩織さんが「記憶をなくしてから」後の出来事は、客観的証拠による判断は不可能でしょうね。勿論、証言や防犯ビデオや車載ビデオの記録は入手可能でしょうけど、ホテルに入ってからはほとんど証拠は残ってないでしょう。
 そんなわけで、この後の記事内容には疑問を持ちませんでした。もはや証拠のない水掛け論でしかないからです。
 記憶をなくしてからの記事内容を見てみます。

>>詩織さんはタクシー運転手を見つけ出し、話を聞いた。その聞き取りの際、
>>一緒にいた友人(37)は、BuzzFeed Newsにこう証言する。
>>「運転手さんの話だと、詩織さんは何度か『近くの駅で降ろしてください』と言っ
>>ていた。ところが、山口氏が『何もしない。仕事の話をしよう』と言って、港区内の
>>ホテルに向かうように指示したそうです。詩織さんはタクシー内で、最初は話をして
>>いましたが、ホテルに着いたときには一人ではタクシーから降りられない状況だった
>>といいます」

 詩織さんには記憶がなくても「話をしていた」状態があったわけですし、山口氏が性行為に及んだ段階で「女性の心神喪失・抗拒不能」を立証するのは困難でしょう。
 したがって、これも引用の引用ですが、山口氏からのメールにある

>>  その後あなたは唐突にトイレに立って、戻ってきて私の寝ていたベッドに
>>  入ってきました。その時はあなたは「飲み過ぎちゃった」などと普通に話を
>>  していました。だから、意識不明のあなたに私が勝手に行為に及んだという
>>  のは全く事実と違います。私もそこそこ酔っていたところへ、あなたのような
>>  素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった。
>>  お互いに反省するところはあると思うけれども、一方的に非難されるのは全く
>>  納得できません。

という内容を否定するだけの証拠をそろえるのは捜査側にはかなり無理があると思います。

 あとは山口氏の「自白」のみに頼ることになります。証拠の女王と言われる自白ですが、痴漢えん罪の元凶でもあり、民主主義社会にあってはならないことです。仮に取り調べ段階で山口氏が「自白」したとして、裁判段階で自白は強要されたと証言した場合、客観的証拠がない以上、裁判所も有罪とは判断できないでしょう。万が一仮に、第一審でいい加減な裁判官がいい加減に情緒的に有罪判決を下しても、第二審ではひっくり返されるでしょう。

 お酒の強い人が今回に限り記憶をなくし嘔吐したとなると、警察は薬物混入も疑って「被害者」の尿検査や血液検査も行ったのではありませんか? これは「被害者」が同意すれば可能ですから、行わない理由がありません。告訴の時期が記事からは解りませんので何とも言えませんが、多分その証拠はなかったのでしょう。あったなら、検察官の動きも違ってくるはずです。

 こう考えると、社会的にインパクトのある「逮捕」を行って、裁判で無罪になった場合、警察の失点はかなり大きくなります。マスコミはここぞとばかり大騒ぎ馬鹿騒ぎすることでしょう。
 逮捕状を執行しなかったのは刑事部長がマスコミに配慮した「忖度」の問題というより、むしろ組織防衛の観点から現場を止めた可能性も十分考えられます。

 詩織さんが検察審査会に不服申し立てをしたのは当然の権利ですし、メディアに登場すること自体はご本人の判断なので、その是非は他人が論評できることではありません。


 でもって、私の中の根本的なもやもやなんですが、そもそも詩織さんが美しい女性だからだろうなって思うわけです。全ての出発点はここでしょう。これが男だったら?不細工だったら?って思うわけです。この後の話はありえたのかなって。

 ですから、一般論として言えると思うのですが、「会いたい」なんて伝えて、夜串焼き屋で会って鮨屋まで予約していて・・・・って、男の方は「やる」気まんまんですよ。山口氏を弁護するつもりはさらさらありません。近寄ってきた美人に手を出したのは明らかです。

 それにしても、ここまで条件がそろっていても、女性は純粋な就職の話だと思うのでしょうかね。これはどう見ても男女のデートでしょう。それでも純粋に相談したかっただけだなんて、いくら若い女性だとはいえ、ナイーブすぎませんか?。こう書くと、「被害者バッシング」だと言われかねず、つい腰が引けてしまうのですが、女性の皆さんはどうお考えなのでしょう? その日にすぐとは言わないまでも、こういったデートを設定している段階で、男に「やる」気があるとは考えないのでしょうか? そこであえてデートに応じたとしたら、その後の「リスク」は想定しないのでしょうか?
 ネットの記事か何かで見た覚えがあるのですが、電車の中で男性がバッグを持ち替えただけで痴漢じゃないかと疑う女性が結構いるとか。だとしたら、痴漢はすぐに疑うくせに、こういうケースでは女性は疑わないものだなんてことだとしたら、あまりにも身勝手な理屈だと思うのですが。

 むしろこれは、一般論で語ってはいけないのかもしれませんね。だとしたら、「被害者」女性の場合の個別事例となってしまいますから、社会的問題として一般化できるかどうか。

 このように考えると、本件は逮捕云々の問題ではないでしょう。
 ではどういう問題かというと、まずは、

・社会的地位のある男が就職をエサに若い女性を思い通りにしようとする事案

 これって大なり小なりあるでしょうね。今回はマスコミのエリートさんで、政局もからんで大きな話になったようです。「被害者」女性が野党に利用されないことを願うばかりです。でも、この問題は世の中にたくさんあり、泣き寝入りしている女性が結構いるはずです。今回の「被害者」は美人で高学歴ですので、世の女性の支持を得られるかどうか疑問です。女性が敵に回る危険もあります。むしろ「就職」問題として一般化して、女性の支持を得る方が得策でしょう。

そして、

・いわゆる「デートレイプ」の実証の問題

 これは、きわめてテクニカルで困難な問題提起とも言えます。個別具体的に状況は異なりますから、その一般化はきわめて難しい問題をはらみます。こちらから攻めるのはかなりの無理筋です。したがって、

>>だから、国会で強姦罪の法改正が話し合われているタイミングで、法律や制度を
>>変えるためのきっかけになればと、声を上げたのだという。

というのは確かに意義があるのかもしれませんが、新たなえん罪の温床となってはいけませんから、そう簡単に話は通らないでしょう。単なる見世物にされて終わる危険があります。


 本件も、仮に検察審査会が起訴相当や不起訴不当の判断をしたとして、検察官が起訴に踏み切るかどうか疑問です。社会的地位とは別に証拠の点から難しいと思うからです。まして強制起訴になったとしても指定弁護士は苦しいでしょう。

 あえて男性側に社会的制裁を加えたいと望むなら、法制度の改革を大義名分に掲げた刑事事件ではなく、民事で「就職斡旋」についての契約不履行から攻めていく方が有効な手かもしれません。ただし、あまり筋がいいとは言えませんけど。

 もう一度言いますが、本件の場合、性犯罪の法制度にからめても上手くフィットしないと思います。ましてや共謀罪とか政権批判と結びつけると、世間の支持をえられず、同性からもそっぽ向かれる危険があります。

 むしろ、女性の側は、既得権や地位や権力のある男性によるパワーハラスメントセクシャルハラスメントの問題として攻めていった方が効果的でしょう。

 以上、ど素人なりに考えてみた次第です。